森田療法入門,あるがまま,精神交互作用
みなさんこんにちは。公認心理師の川島達史です。私は現在、こちらの初学者向け心理学講座の講師をしています。今回のテーマは「森田療法」です。
森田療法は、20世紀初頭に日本で導入された神経症の治療法で、筆者の川島にとって思い入れの深い心理療法です。なぜなら引きこもりを脱するときに、すごく助けになったからです。当時私が衝撃を受けた森田の考えが
不安や緊張は自然な感情である。あるがまま生きよ
という考えでした。それまで緊張する自分を責め続けていた自分を認めてくれたような気がして、前向きに行動する勇気をもらいました。私は今でも森田療法の哲学を人生の岐路で活かしています。
今回はそんな森田療法の基礎を一通り解説させて頂きます。目次は以下の通りです。
①森田療法とは何か ⑤目的本位
②生の欲望,死の恐怖 ⑥あるがまま
③精神交互作用 ⑦恐怖突入
④気分本位 ⑧練習問題
心を込めてコラムを書きたいと思います。是非最後までご一読ください。
①森田療法とは
概要
森田療法は、日本で生まれた精神療法で、不安や症状を無理に抑えず「あるがまま」に受け入れることを重視します。不安障害や回避的な行動の改善に効果があり、症状への執着を減らします。不安や恐怖心を無理になくそうとせず、「目的本位」に行動することで、症状に囚われない生き方を目指します。
提唱者
森田療法の提唱者は精神科医の森田正馬です。森田は高知県香南市で1874年に生まれました。森田は小さな頃から不安がちな性格で、青年期にはパニック障害で悩んだとされています(中山,2012)[1]
14歳の時、高知県立中学に入学した森田は、親元を離れ寄宿舎生活をすることになります。この時期に動悸が起こるようになり、自身を「心臓病なのではないか?」と疑うようになります。
20歳の頃には、自転車に乗ったあと、パニック発作を起こし「もう死ぬのではないか」という思いをしたそうです。
そうした自身の病弱さを克服するため、森田は様々な宗教や心理療法を試したとされています。
森田は東京帝国大学医科大学を卒業後、巣鴨病院に勤務し、東京慈恵会医科大学教授を務め、1920年頃に森田療法を提唱したとされています(畑野,2016)[2]。下記は森田正馬の肉声のテープです。現存する資料としては唯一のものと言えそうです。
効果
森田療法が生まれた当初は、心の病気の分類もまだざっくりとしたものでした。そのため森田療法は、特定の心の病気というよりも、対人恐怖症、赤面恐怖、視線恐怖症、パニック障害、不安障害、うつ病、など幅広く活用されてきました。
中でも不安障害に有効で、患者自身の自然な回復力を引き出す点が特徴で、薬に頼らず自己成長を促し、不調を抱える人の新たな一歩を支える方法となっています。
一方で、やや大づかみな心理療法なので、神経症や軽度の不安障害には有効ですが、深刻なうつ病や統合失調症などの重度な精神疾患には適さない場合があります。また、治そうとしない、という姿勢が、プレッシャーになるケースもあります。
②生の欲望,死の恐怖
生の欲望
森田療法における「生の欲望」とは、人間が本能的に持つ「生きたい」「成長したい」という自然な欲求を指します。成功したい、人間関係を良くしたいといった願望が例です。この欲望は本来健康的なものですが、強すぎると失敗への不安や結果への執着を生み、精神的負担となります。
森田療法では、この欲望を否定せず、「あるがまま」に受け入れることが大切です。欲望にとらわれず、目の前の行動に集中することで、自然に自己実現や調和のある生活が可能になります。欲望を排除しようとせず、それを受け入れ、生かすことが、森田療法の重要なアプローチです。
死の恐怖
「死の恐怖」は、避けられない死に対して人が本能的に抱く不安を指します。病気や失敗への過剰な心配も、この恐怖に起因する場合があります。森田療法では、死の恐怖を無理に克服するのではなく、「あるがまま」に受け入れることを重視します。
不安は完全には消えませんが、それにとらわれず、目の前の行動に集中する姿勢を育てることが重要です。この考え方により、死の恐怖を抱えながらも、日常生活を豊かにし、前向きに生きる力を養うことができます。
両面観
森田療法における「両面観」とは、人間の心の中にある相反する感情や欲求を、切り離さずに両方受け入れる考え方です。たとえば、「生きたい」という欲望と「死の恐怖」、または「前向きな気持ち」と「不安」が同時に存在するのは自然なことです。
私たちは「生きたい」からこそ、「死にたくない」と思うのです。そして死にたくないから、不安になるのです。そう考えると、「不安になること」は自然なことであり、不安を排除することはできないと言えます。
森田療法では、これらを否定せず「あるがまま」に認めることで、心の葛藤を減らし、行動に集中する力を養います。矛盾を抱えながらも、目の前の課題に取り組むことが、充実した生活につながると考えられています。
③精神交互作用の意味とは
精神交互作用とは以下のような意味があります。
ある感覚に注目することで、その感覚が敏感になり、より一層その感覚を自覚し、注目してしまう状態
私たちは心身の不快な症状にばかり注意を向けると、症状を強くしてしまうことがあります。図にすると以下の通りです。
例えば、私の場合は、中学3年から3年間ぐらい「赤面症」で悩みました。私はどちらかというと色白なので、緊張すると顔が真っ赤になってしまいます。
思春期の頃はそんな自分が嫌でしょうがなく、わざわざ薄着をしたり、クーラーで顔を冷やすなど、不毛な努力をしていました。そうした「赤面症」へのこだわりが、余計に赤面症を悪化させてしまっていたのです。
森田療法では、こうした「こだわり」をなくし、「あるがまま」の姿勢を大事にすれば、症状は軽減すると考えました。
以下精神交互作用の具体例を折りたたんで記載しました。参考にしてみてください。
①眠れない花子さん 「早く寝なきゃ…」 すると、眠れないことに意識が向き、余計に眠れなくなってしまいました。 ②緊張を強めた太郎くん 「緊張しちゃだめ…」 と考え続けました。すると余計に緊張が強くなり、お腹が痛くなってきました。 ③声が震える和子さん 「声が震えてはダメ…」 と和子さんは念じました。そうすると、余計に声が震え、うまく話せませんでした。
花子さんは、朝起きるのが苦手です。明日は大事な用事があるので、早く起きるために、早めに布団へ入りました。しかしなかなか寝付けません。花子さんは心の中で以下のようにつぶやきます。
「早く寝なきゃ…」
「早く寝なきゃ…」
太郎くんは、昨年受験で失敗しました。そのため、今年こそは合格したいと考えています。太郎くんは、第一希望の大学入試の会場へ向かう途中、極度の緊張が襲ってきました。太郎君は
「緊張しちゃだめ…」
「緊張しちゃだめ…」
和子さんはあがり症でなやんでいます。声が震えた経験があり、人前で話すことが苦手です。和子さんは、ある日、社内プレゼンをする日がきました。心臓がドキドキして、体が硬直してきました。
「声が震えてはダメ…」
「声が震えてはダメ…」
④気分本位とは?
気分本位には以下のような意味があります。
感情の赴くまま行動してしまうこと 気分で物事を判断する
心理的に不安定になると、私たちは
あがったらどうしよう…
緊張したらどうしよう…
不安になったらどうしよう…
このようなマイナス感情の渦に巻き込まれます。マイナス感情に支配されて、そのまま行動に移してしまう姿勢を「気分本位」と言います。
例えば、「あがったらどうしよう…」と感じたら、多くの方はその場から逃げ出したくなります。
川島の例で言えば、23歳の頃に、自分を変えようとゴスペルサークルに通っていたのですが、教室の直前で緊張に支配されて、逃げ出したくなり、教室の手前で引き返すという経験が5回ぐらいありました。
森田は、このような気分本位の姿勢を矯正することが心理的な改善には必要と考えました。もし気分のまま行動してしまう…という方がいたら要注意です。
⑤目的本位とは
コラムが長くなってきたので目次を復習しましょう。
・生の欲望,死の恐怖
・精神交互作用
・気分本位
・目的本位
・あるがまま
・恐怖突入
目的本位には以下のような意味があります。
自分の気分や症状がどうあっても、目的達成を重視して行動すること 気分に捉われずやるべきことをやる姿勢
目的本位は「自分の気分や症状がどうあっても、目的達成を重視してまずは行動する」という考え方です。森田療法では、目的本位を重視しています。
たとえば、「気分が憂鬱でも、必要な仕事にまずは取組み、少しでもできたらOK!」という考え方です。自分が抱いた気分はそのままに、とにかく行動することを重視します。
その他、不安や恐怖などの感情も一緒です。不快な感情はそのままに、とにかく行動するというのがこの目的本位です。
目的本位の具体例は以下で解説しました。
会社員の華さんは、集団の会話が苦手です、気分本位で逃げ癖があります。そんな折に、「部署の飲み会に参加しないか?」と上司に誘われました。 親睦を深めるいい機会だと思いましたが、「参加しても上手く話せない…。印象を悪くするだけだから、無理して参加するべきじゃない」と不安な気持ちが沸いてきてしまいました。 しかし、華さんはこのままではいけないと考え、森田療法で学んだ、気分本位な捉え方を、目的本位に変えていきました。 気分本位 ↓ 目的本位 このように不快な感情や思考にとらわれて、気分そのままに行動してしまうと、やるべきことが実行できません。そんな時は、目的を大事にして行動していく姿勢が大切になります。
参加しても上手く話せない…。不安だ…不安だ…印象を悪くするだけだから、無理して参加するべきじゃない。
緊張するのは当たり前。上手く話せなくてもOK!とりあえず参加してみよう。不安を感じたままで、飲み会の場にいるだけもよしとしよう
⑥「あるがまま」とは
目次を見直しましょう。森田療法には5つの重要ワードがありました。
・精神交互作用
・気分本位
・目的本位
・あるがまま
・恐怖突入
今回はあるがままについて解説していきます。
あるがままとは何か
あるがままには以下のような意味があります。
気分や感情を無理やり排除しようとするのではなく、自然なものとして受け入れる姿勢
(森田正馬全集,1975,一部改変)[3]
私たちは、怖い、不安、緊張と言った感情があると、どうにか心の中から追い出そうともがきます。
しかし、森田は、そういったマイナス感情を自然なことと受け止め、無理に打ち消すことはせず、あるがまま受け入れていくことが大事であると主張しています。
そうして自然に受け止める姿勢があるがあると、精神交互作用に捉われることなく、目的本位に行動することができるのです。森田自身、幼少の頃から神経症症状に苦しみ、大学時代には服薬もしていました。ある時、服薬をやめて勉強に励んだところ、症状がなくなるという経験をします。これが森田療法につながったと言われています。
あるがままの具体例については以下を参考にしてみてください。
・発表会の場面 この時には、不安な気持ちを抑え込もうとしがちです。しかし、森田療法では体の反応をそのままにしておくことを大切にします。 不安や緊張をそのまま受け入れた状態で、発表会のパフォーマンスに集中します。これが、あるがままの状態です。 ・勉強場面 たとえば、テスト前に「勉強がしたくない」と思ったとします。 「勉強はやりたくない。勉強は後回しにしよう」と考えるのが、気分本位になります。一方で「勉強は嫌だが、まず教科書を開く」と考えて、気分はそのままに目の前のことに集中するのが目的本位です。 感情の揺らぎに左右されるのではなく、それをあるがまま自然なこととして受け入れ、あくまでも目的本位に行動することが大切です。
発表会の本番が近づくにつれて「ミスをしたら、今までの練習が水の泡だ」「上手く発表できるだろうか」と、不安な気持ちが高まってきました。
⑦恐怖突入とは
恐怖突入とは
最後に恐怖突入について解説します。恐怖突入とは以下の意味があります。
思い切って、不安、恐怖に突入する姿勢 大概の場合は大したことがないとわかる
私たちの心は、悲観的な未来を予想し、「ああなったらどうしよう…」「万が一〇〇になったらどうしよう…」と考え、不安や恐怖を心の中で大きくしていきます。
これは仕方のないことなのですが、気分本位に生きると、これらの不安や恐怖に支配されて結局何も行動できないまま終わってしまいます。恐怖突入は、思い切ってこれらの不安や恐怖を確かめに行くような姿勢のことを指します。
幽霊の正体見たり枯れ尾花
実際に行動してみると、恐怖に思っていた対象は大したものではないという事がよくあります。
「幽霊の正体見たり枯れ尾花」
ということわざがあります。遠くから見ると幽霊のようにみえたものは、実は枯れ尾花だった、つまり「恐ろしいと思っていたものの正体を確かめてみると、取るに足らないものだった」という例えです。
「恐怖の対象は、本当に恐るべきものなのか?」そんな恐怖の対象に突入する行動力も大事になってくるのです。森田療法はなかなかストイックですね!
⑧練習してみよう
ここからは発展編です。練習問題や関連コラムをお伝えします。気になる項目について理解を深めてください。森田療法をより深く理解したい方向けに、練習問題を用意しました。ぜひ取り組んでみてください。
練習問題1
・田中くんは就活中の大学生
・あがり症で悩んでいる
・第一希望の会社面接の日
田中くんは、第一希望の面接を前に、不安な気持ちが強くなってきました。「不安な気持ちをもたないように…」と思うほど、不安な気持ちが増している状態です。森田療法的にどのように考えるといいでしょうか?
解答例
①あるがまま
大事な第一希望の面接で不安を感じるのは当然だ。無理に不安を抑えつけず、あるがままでOK。
②目的本位
準備したことを自分なり伝えればOK、緊張しながら自分らしくアピールしよう。
③恐怖突入
さあついに面接だ!えいや!恐怖突入だ!
*終了後
面接がおわった!思ったよりもうまく話せたな。結果は神のみぞ知るが、チャレンジできた自分を褒めよう
練習問題2
・鈴木さんは恋愛経験が少ない
・アプリで知り合った男性とはじめて会う
・今日は当日
恋愛経験が少なく、ちゃんと話せるか不安…、逃げ出したい。森田療法的にどのように考えるといいでしょうか?
解答例
①あるがまま
初対面の人と会うのだから不安なのは当たり前だ。不安を感じる自分をあるがまま認めよう。
②目的本位
多少ぎこちなく話してもOK。まずは会うことが大事だ。
③恐怖突入
ああ…いよいよ会う時間だ!えいや!恐怖突入だ!
*終了後
ふ~、初対面の会話が終わった。緊張したけど優しい人でよかったな。まずは出会いまで行けた自分を褒めよう。
⑨おすすめの関連知識
仕上げの動画
森田療法について仕上げの動画も作成しました。仕上げとしてご活用ください。
生の欲望,死の恐怖
森田療法の根本的な哲学である、「生の欲望」「死の恐怖」について解説をしました。私たちは生きたいと思うからこそ、死を恐れ、不安になります。その意味で、不安を感じることは自然と受け止めることが大切になります。
精神交互作用,あるがまま
前述した精神交互作用、あるがままについて動画でも詳しく解説をしました。症状への注目が、より症状を悪化させる原理について理解を深めたい方はご視聴ください。
目的本位
前述した目的本位で生きる意義について動画でも詳しく解説をしました。不安や緊張にとらわれがちで、行動できない方におすすめです。
恐怖突入
森田療法の中でも特に強い意志が必要になる、恐怖突入について解説しました。思い切って行動したい!と感じるときに参考になります。
対人恐怖症に活用
森田療法は対人恐怖症の改善に使われることが多いです。人と話すのがすごく苦手…という方は下記のコラムで気になるリンクをクリックしてみてください。
しっかり身につけたい方へ
当コラムで紹介した方法は、公認心理師による講座で、実際に学ぶことができます。内容は以下のとおりです。
・森田療法の基礎理解,あるがまま
・精神交互作用,目的本位,気分本位
・マインドフルネス練習
・恐怖心,不安と自然に付き合うコツ
講師に質問をしたり、仲間と相談しながら進めていくと、理解しやすくなります。🔰体験受講🔰に興味がある方は下記の看板をクリックください。筆者も講師をしています(^^)
監修
名前
川島達史
経歴
- 公認心理師
- 精神保健福祉士
- 目白大学大学院心理学研究科 修了
取材執筆活動など
- NHKあさイチ出演
- NHK天才テレビ君出演
- マイナビ出版 「嫌われる覚悟」岡山理科大 入試問題採用
- サンマーク出版「結局どうすればいい感じに雑談できる?」
YouTube→
Twitter→
名前
長田洋和
経歴
- 帝京平成大学大学院臨床心理学研究科 教授
- 東京大学 博士 (保健学) 取得
- 公認心理師
- 臨床心理士
- 精神保健福祉士
取材執筆活動など
- 知的能力障害. 精神科臨床評価マニュアル
- うつ病と予防学的介入プログラム
- 日本版CU特性スクリーニング尺度開発
名前
亀井幹子
経歴
- 臨床心理士
- 公認心理師
- 早稲田大学大学院人間科学研究科 修了
- 精神科クリニック勤務
取材執筆活動など
- メディア・研究活動
- NHK偉人達の健康診断出演
- マインドフルネスと不眠症状の関連