アドラー心理学入門,目的論,劣等感
みなさん、こんにちは。公認心理師の川島です。私達は現在、こちらの初学者向け心理学講座で講師をしています。当コラムのテーマは「アドラー心理学入門」です。目次は以下の通りです。
①アドラーの生涯
②全体性と目的論
③アドラー心理学と劣等感
④直接補償,間接補償
⑤悩みのほとんどが人間関係
⑥自己決定を大切に
⑦勇気づけの心理学
⑧共同体のためを想う
動画で理解を深めよう
はじめてアドラー心理学を学ぶ方のために、心をこめてみなさんに伝えたいと思います。是非最後までお付き合いください。
①アドラーの生涯
アドラー心理学とは20世紀初めにアルフレッド・アドラーによって確立された心理学です。アドラー心理学の思想は成育歴や人生で経験してきたことが強く影響しています。そこでまずはアドラーの生涯をたどって行きましょう。*下記はアドラーの生前の様子です。
病弱な幼少期
アドラーは、1870年ウィーンの郊外、ルドルフスハイムで、6人兄弟の次男として生まれました。幼い頃のアドラーは、とても病弱だったことが知られています。
・声帯の異常
・骨格異常
・身長が低い
このように、特に身体について強いコンプレックスを抱いていました。一方で、アドラーは幼少期の身体の弱さをバネに、医師を志しました(岸見,1999)[1]。弱さがあるからこそ勉学に励んだこの原体験は、後のアドラー心理学の哲学に繋がっていきます。
劣等感への注目
1985年にウイーン大学の医学部を卒業すると、遊園地の近くで眼科と内科の診療所を開きます。遊園地には曲芸師たちがたくさんいて、日々アクロバティックな演技を披露していました。
そこでアドラーはある事実に気付きます。それは曲芸師たちは、身体的に弱い人達が多かったのです。その姿を見て、アドラーは「劣等感が能力を飛躍させるエネルギー源になるのではないか?」と考えたのです。アドラーは「器官劣等」「補償」という概念を提唱しますが、この遊園地での体験が影響しているとされています。
フロイトとの出会いと決別
1902年ごろになると、アドラーはフロイトに招かれ研究グループに参加するようになります。アドラーはフロイトから信頼され、1910年には精神分析学会の会長も任されるようになりました。
一方でアドラーはフロイトの考え方には懐疑的でした。フロイトは性的欲求であるリビドーを重視した理論を展開していましたが、アドラーは劣等感が人間の根源のエネルギーであると考えたのです。そのため、アドラーはフロイトと距離を置くようになり、独自の理論を展開することになります。
個人心理学会の設立
フロイトと袂を分かつことになったアドラーは1912年に、自由精神学会を設立し、個人心理学会へと名前を変え、活動の幅を広げていきます。
第一次世界大戦では軍医を務め、兵士が引き金を打つことに躊躇することに気が付きます。人は人を愛しあうことが大切であることに気が付き、お互いを思いやる「共同体感覚」を持つことが大切であると考えるようになりました。
晩年にはアメリカで講演活動など行うことが多くなりました。最終的にはアメリカへ移住し、67歳で他界する直前まで精力的に活動を行いました。
日本での広がり
2010年ごろまで、日本でのアドラー心理学の知名度はそれほど高くありませんでした。近年になって、岸見(2013)による「嫌われる勇気-自己啓発の源流」[2]などの書籍が出版され、広く知られるようになりました。
アドラー心理学は、日々の生活に多くのヒントを与えてくれるもので、アドラー自身も「自分の心理学は専門家だけのものではなく、すべての人のもの」と考えていました。分かりやすい理論や、人間関係の悩みに効果がある技法なども、アドラー心理学が流行っている要因の1つなのです。
②全体性と目的論
個人を全体的として捉える
アドラーは自分の唱えた理論を「個人心理学(individual psychology)」と名付けました[3]。アドラー以前の心理学では、心を要素ごとに分解することが主流となっていました。
例えば、意識・無意識・感情・脳…このようにどんどん細かくして分析していく流れがあったのです。しかしアドラーは、要素に分解することには固執せず、むしろ個人の全体性を重視したのです。個人という単語は「individual」です。これは
in =not 否定
dividuus =分ける
という単語が組み合わさったものです。つまり「人は、何ごとにも分割できない存在」という考えに辿り着いたのです。私たちは、1人の人間として、全体が統合されながら目的に向かって生きている!という哲学が、アドラー心理学の根底にあるのです。
目的を大事にする
アドラー心理学では目的論という概念が用いられます。目的論とは、何かしらの目的に向かってどのように行動したらよいのかを考えることです。
私たちは困難や悩みにぶつかったときに、つい過去を振り返って原因を探りたくなります。しかし、過去を振り返っても、過去の事実は変えられません。
アドラー心理学では、過去ではなくて現在と未来を重視します。何か困難や悩みにぶつかったときに、その問題の原因を探るのではなく、目的に向かって何をすればよいのかを考えるのです。
そして、目的に向かって何かしようとすると、当然不安が起こります。アドラー心理学では不安をネガティブなイメージとして捉えません。アドラーは「不安は人間らしいこころの動きである」と考えました。
不安を感じることは自然なことで、不安があるゆえに準備を行うことができるのです。裏を返せば、不安は準備が不十分な証拠であり、危険信号のようなもので、重要なサインなのです。
不安を感じたら、危険信号が出たと考え、準備の動機づけに変えることが大切になります。
③アドラー心理学と劣等感
アドラー心理学における「劣等感(Inferiority Complex)」は、人間の行動や心理を理解する上で非常に重要な概念です。アドラーは、人は劣等感を持つものであり、劣等感があるがゆえに成長や成功に向かうための原動力になると考えました。しかし、過剰になると、自己否定や自分を過小評価する方向に進むと考えました。
劣等感の起源
劣等感は幼少期に始まり、子供が自分と周りの大人や他の子供たちと比較することで生じます。例えば、子供が他人よりも身体的、知的、または社会的に劣っていると感じると、その経験が劣等感の発端となります。
アドラーは特に身体的なハンディキャップを「器官劣等性」と名付け、器官劣等性がある人は劣等コンプレックスを持ちやすいと主張しました[4]。身体的なハンディキャップとは、背が低い、運動が苦手、障害がある、奇形があるなどが挙げられます。
アドラーによれば、こうした感情は自然であり、自己成長や改善への動機として機能します。
劣等感と優越感
アドラーは、劣等感を克服するために人々がしばしば「優越感(superiority)」を追求すると考えました。これは、他者よりも優れていると感じることで自己価値を高めようとする試みです。優越感を持つこと自体は悪いことではなく、健全な形での競争心や自己成長のモチベーションとして働くことがあります。しかし、過剰な劣等感があると、他人を支配しようとしたり、過度に成功にこだわるなどの不健康な行動に陥りがちです。
健康的な劣等感,不健康な劣等感
健康的な劣等感と不健康な劣等感には以下の違いがあります。自分自身の劣等感がどちらにあてはまるか、検討してみましょう。
なお劣等感については、以下のコラムで詳しく解説しています。理解を深めたい方は参考にしてみてください。
④直接補償,間接補償
心理的補償とは
劣等感は自分の価値を低下させることもありますが、アドラーは前向きに活かすことができるとも考えました。特に、劣等感をエネルギー源とし、イキイキと活かすことを「心理的補償」と呼んでいます。例えば、背が低いことに劣等感を持っている人がいたとしましょう。この時、
背の低さは生まれつきで、変えることはできない。だから自分は一生モテない・・・
と考えると、劣等感は力に変わりません。一方で、
背が低いことを補うために、人一倍面白い話ができる人になって、相手を楽しませよう!
と考えると、心理的補償ができ、器官劣等性は前向きな原動力に変わるのです。
直接補償
アドラー心理学における「補償(Compensation)」の概念は、劣等感に対する個人の反応として重要な役割を果たします。補償とは、感じている劣等感を克服するために何らかの行動を取ることを指し、その行動には「直接補償」と「間接補償」が含まれます。
「直接補償」とは、個人が自分の弱点や劣等感を克服するために、直接その分野で努力し、改善を目指す行動のことです。これは、劣等感の源となっている具体的な課題に取り組むことを意味します。
病弱な幼少期を過ごした → ジムに通って体を鍛える
学歴に劣等感 → 資格を取得する
容姿に劣等感 → 美容の専門学校に行く
間接補償
「間接補償」とは、個人が自分の弱点や劣等感を克服するために、直接その分野に取り組むのではなく、他の分野での成長や経験を通じて自己肯定感を高める行動のことです。これは、劣等感の源とは異なる領域での成功を重視することを意味します。
病弱な幼少期を過ごした → 勉強を頑張って医者になる
学歴に劣等感 → スポーツを頑張り体を鍛える
容姿に劣等感 → ブロガーになり内面で勝負する
⑤悩みのほとんどが人間関係
人間関係を重視
アドラー心理学では、悩みの根源には人間関係があるとしています。例えば、「仕事が遅い」という悩みで考えてみましょう。仕事が遅いことは悩みになりそうですが、その根底には、
職場の同僚と比べる
収入が減ると家族を養えない
上司に怒られる
など、人間関係が必ず絡んでくるはずです。そして、悩みと関連している「人間関係」が改善されると、人の悩みはほぼ消失していきます。この意味で、アドラー心理学では「人間関係が楽になれば大概の悩みは軽くなる」と考えます。
変わるのは自分
アドラー心理学では、①自分 ②他者 ③関係 ④環境 の4つの観点で人間関係を考えます。例えば「学校で自分の悪口を言う友人がいる」という場合を考えてみましょう。4つの観点は以下のようになります。
①自分 悪口を言われている自分
②他者 悪口を言う友人
③関係 友人関係
④環境 通っている学校
この4つの中で一番変えやすいものは何でしょうか?
「④環境」を変えることは自分自身が転校することなどを指すので、難易度が高いでしょう。また、「③関係」や「②他者」(悪口を言う友人や、その友人との関係)を変えることも、現実的な対処法とは言い切れない部分が多々あります。このように考えると、「①自分」を変えることが最も現実的かつ効果的な対処法となります。
アドラー心理学では、「自分自身を変えること」を重要なテーマとしています。自分自身の変化こそ、人間関係を改善するために最も確実で簡単な方法であると考えるのです。
⑥自己決定を大切に
⑤でも解説したように、アドラー心理学では、自分を変えることを重要視しています。これは自己決定(Self-Determination)とも呼ばれています。
自己決定とは
アドラー心理学における自己決定(Self-Determination)は、個人が自分の人生や行動を自らの意思で選び、未来に向けて行動するという概念です。アドラーは、過去の経験や環境だけで人間が決定されるのではなく、個人が自由に選択し、目標を持って未来を切り拓く力があると考えました。
自由と責任
この自己決定の大きな特徴は、自由と責任の関係です。人は自分自身の行動を選択する自由を持っていますが、その結果に対して責任を負うことが求められます。たとえ環境や他者の影響を受けるとしても、その中で自分自身の選択を重視し、他人や状況のせいにするのではなく、自分の行動に責任を持つことが重要です。
未来志向で
アドラーは、過去の出来事やトラウマに縛られるのではなく、未来の目標や理想に向かって自らの行動を決定することの重要性を強調しました。個人の行動は、未来にどうなりたいか、何を達成したいかというビジョンに基づいて決められるとし、目的に向かって積極的に行動する力があると考えます。これはアドラー心理学の「目的論(Teleology)」とも関連しており、過去の原因ではなく未来の目標が人間の行動を導くという考え方です。
このように、アドラー心理学の自己決定は、個人が自由に行動を選択できる力を持ち、それに責任を負いながら、未来に向かって成長していくことを支援する前向きな概念として位置付けられています。
⑦勇気づけの心理学
アドラーは自分自身を変えるきっかけとして「勇気づけ」を大事にしました。アドラー心理学は別名で「勇気の心理学」と言われます。勇気づけとは以下の意味があります。
自分が変わる決意を固め、力強く行動する活力をあたえること
勇気づけは以下の3つのステップで行います。
①目標断言
②イメージ
③行動
の3ステップで行います。
①目標断言
最初のステップとなる目標断言では、「自分は性格を変えられる」「劣等感は克服できる」など、自分自身に向かってポジティブな言葉をかけることがポイントです。
②イメージ
目標を断言した後、目標を達成し、活き活きと活動している自分を頭の中でイメージします。
③行動
十分イメージができたら、目標を達成するためにできることを、徐々に行動に移していきます。
この3つのステップは、アドラー心理学を日常生活で実践していきたい時に有効です。是非試してみてください。
⑧共同体のためを想う
ここまで解説したように、アドラー心理学では、目的を重視する、劣等感をエネルギーに変えることを重視しました。そして、劣等感を活かす上で、アドラーは「共同体感覚」を重視しました。共同体感覚には以下の意味があります。
人間が精神的に健康で生きるためには、他者との関係が良好でなければならず、他者との関係が良好であるためには、他者の関心に関心をもち、それに基づいて他者に貢献しようと決心していなければならない(田中,2019)[5]
アドラーは、劣等感を「共同体をよりよくするために活かしていくべき」と主張しました。たとえば、以下のような生き方は、アドラーが生きていればNGと言われそうです。
顔が整っていない
→多額の整形手術をして誰よりもモテるようになろう
身体が弱くいじめられた
→いじめっこよりも勉強して社会的に成功して見返そう
一方で、以下のような生き方はアドラーからOKをもらえそうです。
顔が整っていない
→見てくれが悪い分、会話の力をつけて皆に喜んでもらおう。人の価値を顔で判断せず、内面を評価するようにしよう。
身体が弱くいじめられた
→たくさん福祉の勉強をして、体が弱い人でも活躍できる社会を作ろう
このように劣等感を共同体のために活かすように心がけると、充実した気持ちで取り組むことができるのです。達観した考え方ですが、是非参考にしてみてください。
まとめ
アドラー心理学を実践すると、劣等感をプラスのエネルギーに変え、未来志向で前向きに生きていく力が身についていきます。多かれ少なかれ、私たちはコンプレックスを持っているものですが、大事なことはそれを前向きに活かせるかどうかなのです。皆さんが、自分の負の部分を活かし、勇気をもって、前向きに力強く生きて行かれることを心から願っています♪
動画でも学ぼう
仕上げの動画
アドラー心理学の基本的な考え方である、劣等コンプレックス、直接補償、間接補償、共同体感覚について解説しました。まとめとしてご活用ください。
劣等感を活力に変える
劣等感を活力に変える方法を事例を交えながら解説しました。
ライフタスク理論
アドラーはこの世の悩みのほとんどは人間関係にあると考えました。さらに人間関係の課題は「仕事」「交友」「恋愛」にわけました。これらはライフタスクと呼ばれています。理解を深めたい方は以下の動画を参考にしてみてください。
しっかり身につけたい方へ
当コラムで紹介した方法は、公認心理師による講座で、実際に学ぶことができます。内容は以下のとおりです。
・アドラー心理学の基礎
・劣等感を長所として活かす方法
・はじめての認知療法
・はじめての行動療法
講師に質問をしたり、仲間と相談しながら進めていくと、理解しやすくなります。🔰体験受講🔰に興味がある方は下記の看板をクリックください。筆者も講師をしています(^^)
監修
名前
川島達史
経歴
- 公認心理師
- 精神保健福祉士
- 目白大学大学院心理学研究科 修了
取材執筆活動など
- NHKあさイチ出演
- NHK天才テレビ君出演
- マイナビ出版 「嫌われる覚悟」岡山理科大 入試問題採用
- サンマーク出版「結局どうすればいい感じに雑談できる?」
YouTube→
Twitter→
名前
長田洋和
経歴
- 帝京平成大学大学院臨床心理学研究科 教授
- 東京大学 博士 (保健学) 取得
- 公認心理師
- 臨床心理士
- 精神保健福祉士
取材執筆活動など
- 知的能力障害. 精神科臨床評価マニュアル
- うつ病と予防学的介入プログラム
- 日本版CU特性スクリーニング尺度開発
名前
亀井幹子
経歴
- 臨床心理士
- 公認心理師
- 早稲田大学大学院人間科学研究科 修了
- 精神科クリニック勤務
取材執筆活動など
- メディア・研究活動
- NHK偉人達の健康診断出演
- マインドフルネスと不眠症状の関連