アクセプタンス&コミットメントセラピー入門,ACT,脱フュージョン
みなさん、こんにちは。公認心理師の川島です。私達は現在、こちらの初学者向け心理学講座で講師をしています。当コラムのテーマは「アクセプタンス&コミットメントセラピー入門」です。目次は以下の通りです。
①ACTとは何か
②ACTの提唱者
③ACTとメタファー
④ACTが失敗する4つの状態
⑤ACTの6つのコアプロセス
⑥ACTの基礎理論
初心者の方にも伝わるように、気持ちを込めてACTを解説したいと思います。是非最後までお付き合いください。
①ACTとは何か
ACTの意味
ACTとは以下のように定義されています。
心理的柔軟性を生み出すために、受容またはマインドフルネス過程と同時にコミットメントと行動変容過程を適用した、関係フレーム理論を含む現代の行動心理学を基礎とする心理療法である(ヘイズら,2012)[1]
つまり、柔軟な心を生み出すために、マインドフルなあり方を大切にし、価値のある目標に向かって行動していく心理療法になります。
ACTは3つの単語の頭文字をとったものになります。
1.Acceptance
(アクセプタンス)
2.Commitment
(コミットメント)
3.Therapy
(セラピー)
この中でも、1と2がとても重要なので詳しく解説していきます。
アクセプタンスとは
アクセプタンスとは、以下のような意味があります。
自分に生じていること、感情や思考、身体感覚など「今、この瞬間」に体験していることを、そのままに判断を介さず十分に受け取ること。
これは分かりやすくいうと、「今ある感情や感覚をありのまま受け入れる」ということです。
私たちは本能的に、不快な感情や思考、感覚を避けようとしてしまいます。例えば苦手な仕事から逃げ出したくなったとき、「こんなこと考えちゃダメだ」とネガティブ感情を抑え込もうとしてしまいます。しかし、不快な体験をなくそうと抵抗すればするほど、逆にその体験が強調され、どんどん苦しくなってしまうのです。
そこでACTでは、快・不快にかかわらず、どんな感情も「受け入れる」ことを大切にします。例えば、怒りや不安、恐怖心が芽生えたとしても、その感情を追い出そうとせず、あるがままに受け入れる姿勢を大切にするのです。
コミットメントとは
コミットメントとは、以下のような意味があります。
人生における目標や方向性といった価値に沿って、自ら関与して行動していくこと。
ACTでは「有効性」という概念を大切にします。自分にとって価値のある目標のために「有効な方法」を選択することで、自分の人生を豊かにしていくことを目指すのです。
例えば、「健康になりたい」という目標を立てたら、甘い物はなるべく控える必要があります。ケーキを食べたい!という誘惑に駆られても、有効性の視点に立つことで、自分にとって実りある選択を行うことができるのです。
②ACTの提唱者
スティーブン・ヘイズ博士
ACT(アクセプタンス&コミットメントセラピー;Acceptance and Commitment Therapy)は、アメリカの心理学者スティーブン・ヘイズ (Hayes, S.C.) 博士によって提唱されました。
ヘイズ博士は1948年生まれで、ウエストバージニア大学の博士課程を修了し、29歳の頃から臨床心理学者として活動しました。現在は、ネバダ大学心理学部教授を務めています。
ヘイズ博士は元々は行動理論をベースに研究を重ねていました。行動理論は心理学の中でも科学的な手法にこだわった分野です。
ヘイズ博士の実績
ヘイズ博士が1999年に出版した「Acceptance and Commitment Therapy」はACTの原著として世界的に有名です[2]。
また、46冊の本と650の論文に関わっているとされ、世界で30番目に影響のある心理学者としてリストアップされたこともあります。「TED」にこれまで二度登壇しています。YouTubeにアップされていますので、気になる方はチェックしてみてください。
③ACTとメタファー
メタファーとACT
ACTでは、よく例え話を用いてエクササイズを行います。比喩表現のことを「メタファー」と言います。アクセプタンスとコミットメントを直感的に理解したい方は以下を展開してみてください。
怒りに飲まれる運転手
あなたは今、バスの運転手として、目的地までバスを運転する役割を担っています。この時、酔っ払いが席の後方から野次を飛ばしてきたとしましょう。この時、誰でもイライラしたり、ムカつくものだと思います。
もし、怒りを解消するために酔っ払いと戦ってしまったら、どうなるでしょうか。席を立つことになり、運転はできなくなります。また、相手は泥酔しているわけですから、揉めごとになることは目に見えています。
結局、目的地には到着できず、下手をしたら警察沙汰になり、2〜3時間拘束されるかもしれません。
怒りを眺める運転手
一方でACT的な考え方のできる人は、怒りを感じるものの、自分を観察して「怒るのは仕方のないことだ…」と受け入れて、怒りの原因である酔っ払いの人とは戦わないようにします。
酔っ払いに注意をする程度にして、それでも騒いでいる場合は「もう仕方のないこと」だと考えて、目的地を目指していきます。なぜなら「目的地へ車を走らせることは、運転手である自分にとって価値のある行動」だからです。
このようにACTでは、感情が起こったときに感情と戦おうとせず、自分にとって大事なことに人生を割くようにしていこうという基本的なスタンスがあるのです。
ここにはチェスボードがあり、その上には白の駒と黒の駒が並んでいます。ここでそれぞれの駒を以下のように例えてみましょう。
黒い駒(悪い感情、悪い思考)
白い駒(いい感情、いい思考)
もしあなたが、黒い駒を嫌がり白い駒を応援したとすると、白い駒と同じ視点に立って、黒い駒をどうにか倒そうと戦い続けることになります。うまく倒せればいいのですが、残念ながら黒い駒は強く、いつも必ず倒せるわけではありません。
一方で、中立的な視点で、黒い駒と白い駒の動きをただ眺めてるだけにすると、どうなるでしょう。どちらにも加担せず、冷静に事態を把握できます。ACTでは、どちらにも加担せず、悪い感情、良い感情をありのままに受け止める姿勢を大事にするのです。
*チェスボードのメタファーの出典「ハリスら(2019)より改変して引用[4]」
頂上から素晴らしい景色が見える山を登っているとします。半分ほど登ったところで、道が狭く岩だらけの非常に急な斜面に差し掛かります。ちょうどその頃、雨が降り始めます。あなたは濡れて寒さを感じています。
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この急で滑りやすい道を苦労して登り、足は疲れて息を切らしています。そして、「なぜ誰もこんなに大変だと教えてくれなかったのだろう」と考え始めます。この時点で、あなたには選択肢があります。
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引き返すか、そのまま進むかです。そのまま進むのは、もっと濡れて凍えたいからではなく、頂上に到達して素晴らしい景色を体験し、満足感を得たいからです。不快感に耐えるのは、望んでいるからでも楽しむからでもなく、不快感があなたと目的地の間に立ちはだかるからです。
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人生は山登りのようなものです。楽な道もあれば、厳しい道もあります。しかし、自分の経験にオープンで興味を持っていれば、遭遇する障害は学び、成長し、発展する助けとなり、時が経つにつれて登山技術が向上します。
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当然、困難なときよりも、楽なときの方がマインドフルでいるのはずっと簡単です。しかし、マインドフルネスを持って困難に立ち向かえば立ち向かうほど、より強く、より穏やかに、より賢く成長していくことに気づくでしょう。
「The Happiness Trap」(Russ Harris, 2008) に登場する「2人の山登り」メタファーは、アクセプタンス&コミットメント・セラピー(ACT)の基本的な考え方である「受容」と「共同作業」を象徴しています。
このメタファーでは、クライアントがネガティブな思考や感情を「荷物」に例え、それを排除しようとするのではなく、受け入れることでより効果的に目標に到達できることを示します。
*山登りの出典「Harris, R. (2008)より改変して引用 [5]」
まず、あなたが手に一枚の紙を持っていると想像してください。この紙は、あなたのネガティブな思考や感情、例えば「私はダメだ」というような考えを表しています。
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この紙を顔のすぐ近くに持っていると、紙の内容がとてもはっきり見えますが、周りの景色はほとんど見えません。この状態は、ネガティブな思考に囚われている時の状況を表しています。思考に集中しすぎると、他の選択肢や可能性が見えなくなるのです。
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次に、この紙を少し離してみましょう。すると、紙はまだ手の中にありますが、周りの景色も見えるようになります。これが、ネガティブな思考から少し距離を置くことで、他の経験や選択肢が見えるようになるということです。
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紙を離すことで、あなたは新しい視点を得て、より自由に行動することができるようになります。つまり、ネガティブな思考に引きずられることなく、自分の目標や価値観に基づいて進むことができるのです。
ネガティブな思考を手放そうとするのではなく、少し距離を置くことで、状況を客観的に見られるようになります。思考が頭を占めているときでも、距離を置くことで他の可能性が見えてきます。思考にとらわれず、あなた自身の価値観に基づいて行動することが可能になるのです。
このメタファーは、ACTの考え方を理解するのに役立ちます。ネガティブな思考を受け入れつつ、それに振り回されずに行動することの重要性を強調しています。
「溺れたとき」のメタファーは、心理的な苦しみや不安に対する抵抗や、その結果としての苦しみの増加を象徴しています。このメタファーを理解することで、ネガティブな感情や思考に対処する新しい方法を見出す手助けとなります。
溺れるという状況は、感情や思考が押し寄せてくる様子を表しています。感情に飲み込まれ、何もできなくなる状態です。これは、ストレスや不安、悲しみなどに圧倒されているときの感覚を象徴しています。
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溺れそうになっているときに必死にジタバタすることは、自分の体力を奪い、かえって事態を悪化させてしまう可能性があります。
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その代わりに、溺れているときに水を受け入れてみてはどうでしょうか?水を受け入れることで、体が浮かびあがり、楽に息を吸えるようになるかもしれません。
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溺れることを受け入れ、状況を客観的に見ることで、次の行動に移ることが可能になります。感情に振り回されず、自分の価値観に基づいて選択できるようになります。
④ACTが失敗する4つの状態
ACTでは、心の柔軟さがなくなりやすい状態を「FEAR(恐れ)」と呼んでいます。FEARとは、以下の4つの項目の頭文字とって作られた言葉です。
F(Fusion with your thoughts)
思考とのフュージョン
E(Evaluation of experience)
経験の評価
A(Avoidance of your experience)
体験の回避
R(Reason-giving for your behavior)
回避行動に理由をつける
それぞれ詳しく解説していきます。
①思考とのフュージョン
思考とのフュージョンとは、自分の頭の中の考えがあたかも真実のように認識され、思考と現実が一体になっている状態を表します。特に問題となるのは、事実を逸脱したネガティブな思い込みになります。
例えば、赤面恐怖症の方は「みんなが赤面を馬鹿にしてる」と思ってしまうかもしれません。しかし、実際に赤面を馬鹿にする人は100人に3人程度のものです。このように思考を現実だと思い込むと、柔軟な考え方ができなくなってしまいます。
②経験への評価
経験の評価とは、今起こっている事実に対して「良いこと」「悪いこと」と評価をしてしまうことです。このように、1つ1つの出来事に過剰に反応していると、本来取り組むべきことに集中できなくなります。事実は事実として置いておくのも、重要なことなのです。
各駅停車のように1つ1つの駅に止まってしまう感じで、何をするにも時間がかかってしまいます。
③体験の回避
体験の回避とは、不快な体験を避けようとすることです。強い不安を感じる対象を回避してしまうことで、心の問題をより大きなものにしてしまう可能性があります。
例えば、「会話が苦手だからコミュニケーション場面を避け続ける」といった行動を繰り返すと、ますます会話が苦手になってしまいます。不快な体験を避けることで、心の自由が失われ、心理的柔軟性が乏しくなってしまうのです。
④回避行動に理由をつける
本来取り組むべき課題をしないときに理由をつけていくと、やる気を失ったり、諦めやすくなってしまいます。回避することに「それらしい理由」があれば、行動に意義を見出せなくなり、自分にとって価値あるゴールや目標からどんどん遠ざかってしまいます。
⑤ACTの6つのコアプロセス
それでは、FEARの状態をどのように克服していけばよいでしょうか。ACTには6つのコアプロセスがあります[4]。このプロセスを進めることで、徐々に心理的柔軟性を高めていくことができます。
①アクセプタンス
不快な体験から逃げたり戦ったりせず、オープンに接し受け入れていきます。「不安を抱えないようにしよう…」と考えるのはではなく、不安と”とも”にいることを大切にします。
②脱フュージョン
脱フュージョンとは、思考と現実を分けることです。思考を現実だと思い込むと、物事を俯瞰的に見ることができず、苦しみにどっぷりと浸かってしまいます。具体的なやり方を知りたい方は、下記をクリックして展開してみてください。
①〇〇と考えている
「私は今〇〇と考えているな…」と思考を俯瞰してみる方法です。考え方と現実を切り離して確認するイメージで、あくまでも自分が考えていることを認識していきます。
②ありえないこと言う
わざと「あり得ないこと」を言うことで、思考や感情が言葉が思い込みに過ぎないことへの自覚を深め、思考や感情と距離を置く方法です。
例えば、「あいつは絶対に許せない」と考えると怒りが止まらなくなってしまいます。そこで、「あいつは絶対に許せない」”アンパンマン”「あいつは絶対に許せない」”アンパンマン”と、無関係の言葉を挟むことで、思考と現実に距離が生まれます。
③替え歌にする
これは自分の思考をメロディーに乗せて歌ってみる方法です。例えば「あーいつは絶対に許っせない♪」といった感じで行います。思考にメロディーを加えることで、フュージョンを防ぐことができます。
④アニメ声にする
自分の思考をアニメ声にしてみる方法です。例えば、ドナルドダック風に言ってみる、ドラえもん風に言ってみるなどが挙げられます。特徴的な声にすることで、思考をマジメに捉えることなく、あくまでも思考に過ぎないと認識することができます。
③文脈としての自己
「文脈としての自己」とは、「思考や感情を体験する場としての自己」のことです。前述した、チェスボードのメタファーの「チェスボード」が文脈としての自己になります。
ACTでは、様々な感情や思考、記憶が生まれては消えていく様を純粋に観察することが大切にされています。文脈としての自己を大切にすることで、物事に対する「気付き」が得られやすくなります。
④コミットされた行動
ACTでは、自分にとって価値のあるゴールに向かって、継続的に行動することをとても大切にします。自分の人生にとって必要な行動を取ることで、日々に充実感をもたらし、生活の質も改善していきます。
⑤価値の明確化
ACTで言う「価値」とは、自分が「どうあり続けたいか」という永続的な深い欲求のことです。目標と混同されがちですが、目標とは達成したら、その時点でなくなるものです。一方で価値は今はこの瞬間から大切にすることができ、達成されることがありません。
価値はコンパスに例えられることがあります。「東京に行く」は目標ですが、「東を目指す」は価値になります。東に向かう一歩目から意義があり、東に終わりはありません。このように、自分の人生の指針を明確にすることが価値の明確化です。
⑥今この瞬間との接触
過去や未来ではなく、今この瞬間、目の前にある現実に意識を向けることです。ポイントは、言葉としての「今」ではなく、体験としての「今(今この瞬間の感覚)」に意識を向けることです。
「今ここ」に注意を向ける感覚を鍛えることで、心理的柔軟性やマインドフルネスな感覚を育むことができます。今この瞬間との接触をより深く知りたい方は、以下のコラムをご参照ください。
⑥ACTの基礎理論
ACTは3つの基礎理論から構成されています。少し難解ですが、ACTの学術的な背景を理解したい方は、以下を展開してクリックしてみてください。
行動分析学とは文字どおり、行動はどうすれば変化するのか?を分析する学問です。ACTでは、「価値、体験の回避、コミットされた行動」などの部分で、行動分析学が用いられます。
関係フレーム理論とは、「関係フレーム理論づけによって行われる、人間特有の学習理論のこと」です。関係フレームづけとは、間接的な学習のことを指します。
例えば、硬貨1は硬貨2よりも価値があり、硬貨2は硬貨3よりも価値があるとします。この時、硬貨1は硬貨3よりも価値が高いと知ることができます。このように、物事の関係性から成り立つ学習理論のことを「関係フレーム理論」と言います。
機能的文脈主義とは、機能するかどうかを真理の基準とする哲学です。「機能するか」とは、言い換えれば「役に立つかどうか」です。また、役に立つかどうかは文脈によって決まると考えます。この部分はACTでは「有効性」という考え方で用いられています。
例えば、空き缶はゴミで役に立たないと思われがちですが、空き缶を使って立派な作品を作る人もいます。このように、あるゴールを設定することによって、物事が機能するか否かが決まります。
機能的文脈主義は、行動分析学と関係フレーム理論の土台となる哲学でもあります。
まとめ
現代社会は、IT技術の進歩や様々な動乱によって、時代が激しく変化しています。これまでの常識が通用せず、一寸先も見えない状態が続いているとも言えます。そんな中での拠り所となり得るのが「自分がどうありたいか」を大切する生き方です。
世間や常識に流されるのではなく、自分の価値観に沿って、生きるに値する人生を生きる。そのための方法論がACTでは説かれています。不確実な社会の中で、みなさんが明確な指針を見つけ、意義深い日々を過ごせるように心から願っています♪
しっかり身につけたい方へ
当コラムで紹介した方法は、公認心理師による講座で、実際に学ぶことができます。内容は以下のとおりです。
・ACTの基礎,エクササイズ
・はじめての認知療法
・はじめての行動療法
・マインドフルネス療法の基礎
講師に質問をしたり、仲間と相談しながら進めていくと、理解しやすくなります。🔰体験受講🔰に興味がある方は下記の看板をクリックください。筆者も講師をしています(^^)