見捨てられ不安の原因,治療法,克服法
皆さんこんにちは。心理学講座を開催している公認心理師の川島達史です。今回は「見捨てられ不安の治療法,克服法」についてご相談を頂きました。
相談者
33歳 女性
お悩みの内容
私は現在、医療関係の事務をしています。幼少期は母子家庭で育ちました。母親の恋愛関係は不安定で、恋人が変わることがよくあり、その度に母の愛情がとられてしまう感覚がありました。大人になってからも、友人や恋人ができると
いつかいなくなってしまう…
どうせ捨てられる…
連絡がないと強い不安を感じる…
という気持ちになります。最近「見捨てられ不安」という言葉があることを知りました。詳しく教えてください。
仲良くなればなるほど、不安が大きくなるのですね。見捨てられ不安はカウンセリング場面でよく相談される悩みです。
束縛をする、試し行為をする、エスカレートして暴力行為をしてしまう、これらの問題の背景には見捨てられ不安が影響していることがあります。
是非当コラムで理解を深め、冷静に対処できるようにしてみてください。
見捨てられ不安の定義
見捨てられ不安とは、以下のように定義されています。
ある対象に見捨てられることに関する過剰な不安(井合ら,2010[1])
母親から適切な情緒的支持が与えられなかったことに起因する、耐え難い無力感と絶望感、激しい攻撃性から構成される複合的な感情状態(山田,2010[2])
親しくなるとなぜか不安になる、相手がそっけないと強い焦りを感じる、愛情が本物か確かめたくなる、仲良くなると辛いから1人の方が楽だ、こういった傾向は、見捨てられ不安が影響している可能性が高いと言えます。
分離不安と見捨てられ不安
分離不安(separation anxiety)
見捨てられ不安の最初の着想は、マーガレット・S・マーラー (Mahler, M.S.) によって1970年代に考えられたとされています[3][4]。マーラーは、大学で医学を学び、子供の精神分析官として活躍するようになります。
マーラーは幼児が、親が離れると混乱する傾向を発見し、これを「分離不安」と名付けました。例えば、分離不安が強い幼児は、保育園に行けない、小学校に行けないことがあります。
現在では、分離不安が強い人は、「分離不安障害(Separation anxiety disorder)」と診断されることがあります。分離不安症は基本的には子供に対して診断されるもので、成人に対して診断されることは稀です。
見捨てられ不安(abandonment anxiety)
このように、分離不安は、当初は児童を中心に研究が進んでいきましたが、大人になっても、恋人関係や友人関係に対して、実際に別れていない状態でも、愛情不足に対して過剰に不安になってしまう人がいることがわかってきました。
分離不安では、実際に物理的な距離が近ければ、不安が消失するのに対して、見捨てられ不安では、実際に物理的な関係が維持されているのにも関わらず、不安になるのです(山本,2010[5])。
見捨てられ不安は、境界性パーソナリティ障害の診断基準の1つともされています。
両者の違い
このように見捨てられ不安は、幼少期に起こる「分離不安」、境界性パーソナリティ障害における「見捨てられ不安」の2つの場面で使われることが多いです。一方で、これらの意味は、日常的には特に区別されることなく使われていますし、専門家の中でも、明確に区別するという論調は少ないのが現状といえます。
原因
見捨てられ不安の原因は多岐にわたりますが、大きく分けて4つの原因があると考えられます。
愛着形成が不安定
親から虐待を受けていた、身体的暴力を受けていた、養育態度が情緒不安定だった、など幼少期の家庭環境が悪かった人に見られます。筆者の臨床例として、幼少期に家から閉め出される罰を繰り返し受けた方もいます。
遺伝的な気質
近年の研究では、人間の性格は50%前後遺伝することが分かっています。また、Distel(2008)らがヨーロッパーで行った研究では、境界性パーソナリティ障害は、遺伝率が42%であることがわかりました[6]。
これらの研究により、先天的に見捨てられ不安を持ちやすい方がいると推測できます。
人間関係のネガティブな体験
家族と死別をした、壮絶ないじめにあう、婚約をした相手からフラれた、親友が急にいなくなったなど、ネガティブな人間関係の記憶があると、見捨てられ不安につながることがあります。ただし、これらの記憶は大概の方が乗り越えていくという研究もあります(心的外傷後成長)。
ネット社会
ネット社会では、完全に人間関係が遮断されることがなく、緩くつながることができます。そのため、ラインの既読がつかない、電話がこない、イイねがつかない、足跡がつかない、など、見捨てられ不安が刺激されやすい環境とも言えます。
心理面への影響
山田(2010)[2]は409名を対象に、見捨てられ不安抑うつの要素を分析しました。その結果、見捨てられ不安には以下の3つの要素があることが分かりました。
周囲からの疎隔感
この要素は、周囲の人との断絶感や孤独感を表します。具体的には、以下のような特徴が見られます。
孤独を感じやすい
受け入れられないと感じる
必要とされていると感じにくい
理解してもらえないと感じる
仲間と馴染めない
(一部改変)
周囲からの疎隔感を抱える人は、周囲の人との間に心の距離を感じやすく、孤立感や孤独感を抱えやすい傾向があります。そのため、人との関わりを避けたり、自己否定的な思考に陥ったりすることもあります。
対人不安
この要素は、他人との関わりに対する不安や恐怖を表します。具体的には、以下のような特徴が見られます。
親密な関係で安心感を感じにくい
親しい友人と話すときも緊張する
親密な関係を持つことを恐れる
親友でも本当に信用できない
友人といても寂しく悲しいと感じる
(一部改変)
対人不安を抱える人は、他人との深い関わりを築くことに抵抗を感じ、親密な関係を築くことに不安を感じます。そのため、人との距離を保ち、表面的な関係に留まろうとする傾向があります。
無力感
この要素は、自分の人生に対する無力感や諦めを表します。具体的には、以下のような特徴が見られます。
自分の人生を生きられないと感じている
人生に立ち向かう力がないと感じている
自分の人生をコントロールできないと思う
何をしていても熱中できない
人生に希望がないと思う
(一部改変)
これらの特徴を持つ人は、自分の人生を切り開く力や可能性を信じることができず、無力感や絶望感に支配されている傾向があります。
これらの3つの要素は、相互に関連し合い、見捨てられ不安抑うつを形成します。周囲からの疎隔感や対人不安は、無力感を生み出し、無力感はさらに周囲からの疎隔感や対人不安を強める悪循環に陥る可能性があります。
見捨てられ不安抑うつを抱えている人は、これらの要素を理解し、それぞれに対処していくことが重要です。
行動面への影響
見捨てられ不安があると以下のような行動に結びつくことがあります。
過剰な自己犠牲
斎藤(2012)[3]の研究では、見捨てられ不安には、過剰な自己犠牲が見られることがわかりました。相手の興味を持続させるために、必要以上に相手を手伝ってしまったり、損をしてまで相手に尽くすことがあります。
確認行動
どこに行ったか?誰と会っていたか?自分を愛しているのか?など、相手に何度も確認します。SNSでこっそり調べたり、スマホの履歴なども隠れてみたくなります。
試し行為
わざと困りそうなことを要求し、それでも自分を受け入れてくれるのか、相手を試します。例えば、いきなり呼びだす、高級な買い物をせがむ、人前でのキスを要求する、などを行います。
束縛
相手の行動を理不尽に束縛することもあります。人間関係を閉鎖的保つため、新しい出会いの場などを阻止しようとします。他の異性の連絡先を削除させる、などが挙げられます。
怒りの表出
自分に集中していない状態だと、相手に対して激しい怒りをぶつけてしまいます。例えば、連絡がないことに対して、相手の都合を考えず責め立ててしまいます。
その他、心理学的には様々な研究があります。以下折りたたんで記載したので興味がありましたら展開してみてください。
治療法,克服する方法
見捨てられ不安が強い場合、どのように克服すれば良いのでしょうか?当コラムでは、
①自己観察力をつける
②現実検討をする
③限界設定をする
④曖昧さ耐性をつける
➄自己受容力をつける
⑥障害を理解する
の6つを紹介します。ご自身に活かせそうなものを組み合わせて活用ください。
①自己観察力をつける
見捨てられ不安がある時に、攻撃的な言葉になりやすい、電話を何度もしてしまう、自暴自棄な行動をとってしまう、など感情的な行動をしてしまう方は注意が必要です。
感情的になってしまう方は、今どのような感情を持っているのか?落ち着いて自分を眺める「マインドフルネス」の練習がおすすめです。具体的には、
今不安に思っているな…
今怒りが現れたな…
今思考があるな…
と言葉で今の自分の思考や感情を客観的に確認していきましょう。シンプルな方法ですが、これだけで心はかなり落ち着いていきます。
マインドフルネスを身に着けると、自暴自棄な行動はずいぶん改善できます。気がつくと感情的になり、冷静でいられなくなる…と感じ方は以下のコラムを参考にしてみてください。
②現実検討力をつける
見捨てられ不安は、愛する人との別れや孤独への強い恐怖から、日常生活に支障をきたしてしまうこともあります。この不安を克服するためには、現実検討力をつけることが重要です。
現実検討力とは、状況を客観的に分析し、合理的な判断を下す能力です。以下の4つのステップで行っていきます。
不安を感じたら、状況を感情を交えずに書き出す
不安を感じた時に頭に浮かぶ考えを書き出す
書き出した状況と思考を比較し、ギャップを見つける
状況を客観的に解釈した内容を書き出す
ここで2つの例で見ていきましょう。
会社員と付き合う女性
状況
⇒彼氏から半日連絡がない
思考
⇒もう私のこと好きじゃない
ギャップ
⇒連絡がない=好きではない、とは限らない
客観的な解釈
⇒彼氏は仕事が忙しいだけかもしれない
サークル参加中の男性
状況
⇒サークルで次の予定をLINEで聞くが返信がない
思考
⇒どうせ一人ぼっちになる
ギャップ
⇒返信がない=一人ぼっちになる、とは限らない
客観的な解釈
⇒参加するかどうか、まだ決めていないだけかも
このように、現実的に今の状況を理解することで、自暴自棄につながる思考を和らげられます。衝動的に行動するのではなく、一旦自分の状況を冷静に考えることで見捨てられ不安とうまく付き合うことができるのです。現実検討についてさらに詳しく知りたい方は下記をご覧ください。
③限界設定をする
見捨てられ不安が強い方は、「試し行為」「過剰な愛情確認」をしてしまいます。例えば、相手が電話に出ないと、何度も電話をして着信履歴を一杯にしてしまったりします。こういった行動により相手も自分も疲弊してしまうのです。
ここで大事なことは、限界設定をすることです。限界設定とは
ここまではOK
これ以上はNG
という区切りの部分になります。この部分を明確にすると、見捨てられ不安を、ある程度制御することができます。例えば、
夜11時以降はラインをしない
メールは1日2回までしか送らない
恋人が異性と遊ぶときは複数人なら許す
などがあたります。際限なくメールをしてしまう、夜遅くまで電話をしてしまう、急に会いに来て!など無茶ぶりしてしまう方は、以下のコラムを参照ください。
④曖昧さ耐性をつける
見捨てられ不安が強い方は、曖昧さ耐性が不足していることがあります。曖昧さ耐性とは
中途半端な状況を許容できる心の強さ
を意味します。曖昧さ耐性がないと、ちょっとした不安でも辛くなってしまうので、人間関係をリセットしたくなる、恋愛ですぐに別れる、コミュニティを転々とする、これらの行動を取りやすくなります。
改善するには、曖昧な状況をそのままにしておける、おおらかさが必要です。具体的には
人の心は白黒つけられないものだ
好きな部分、嫌いな部分どちらもあるもの
中途半端な関係も立派な人間関係
と考えていくと良いでしょう。相手の愛情にすぐに白黒つけたくなる方は、以下のリンクを参照ください。
➄自己肯定感を高める
自己肯定感が不足していると見捨てられ不安を持ちやすくなります。自信がない状態だと、「こんなダメな自分はいつか嫌われる」「欠点だらけの自分は本当は好かれていない」という気持ちになってしまうからです。
自己肯定感が不足していると感じる方は、過去の失敗を受け入れる、自分の長所を探す、成功体験を積み重ねるなど、様々な対策が可能です。
自己肯定感はじっくりと長期戦で高めていく必要があります。詳しくは下記のコラムを参考にしてみてください。
⑥障害を学ぶ
コラム前半でも解説したように、見捨てられ不安は、幼少期の愛着不全が生涯にわたって影響することがわかっていいます。
幼少期に両親との関係が不安定だった
小さいころから顔色をうかがう傾向が強い
昔から人間関係はいつか終わる感覚がある
上記にあてはまる方は愛着不全が影響している可能性があります。以下のコラムで理解を深めていきましょう。
・パーソナリティ障害
見捨てられ不安は、人格の問題で強くなることもあります。脳機能の問題のケースもあり、家庭環境が良好な場合でも当てはまることがあります。
幼少期の家庭環境は健康的だった
小さな頃から人間関係が極端
何かと衝突しやすい
大好き、大嫌いが極端
上記にあてはまる方は、境界性パーソナリティの知識を念のため理解しておくことをおすすめします。詳しくは以下のコラムを参照ください。
まとめ
当コラムでは見捨てられ不安について解説をしてきました。時には3歩進んで2歩下がることもあるかもしれませんが、他者とのコミュニケーションでの試行錯誤を通して、粘り強く取り組んでみてください。バランスの良い対人関係を意識していくことで、見捨てられ不安の問題を改善してくださいね。
しっかり身につけたい方へ
当コラムで紹介した方法は、公認心理師による講座で、たくさん練習することができます。内容は以下のとおりです。
・見捨てられ不安の自覚
・試し行為をやめる,限界設定練習
・混乱をふせぐ,感情のコントロール法
・健康的な人間関係を築く練習
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5件のコメント
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彼に見捨てられるのではないかという不安があり、彼の女友達に必要以上に嫉妬して、もう離れた方がいいのかなと思いながら決心が付かず、ここに辿り着きました。
何から始めればいいのか分かりません。主人を理解するのが難しく、ここにたどり着きました。
会話の中で私の返答があっさりし過ぎていたのかも、、と勉強になりました。
主人の話をただじっと聞こうとするだけでも、情緒が落ち着いてきたように思います。
幼少期にきっかけがあるかもしれませんが、今を生きて欲しいので、これからも勉強します。
本人には伝えていませんがいいでしょうか?
見捨てられ不安に限らず、不安の根本は、生存本能、自分の命の危険からきてると思います。
幼児期に見捨てられたと強く感じた感情を、処理できずに蓄積されたままになっていると、大人になっても延々とその感情が処理を求めて命の危険を訴え続ける。
それが気狂いじみた見捨てられ不安から生じる縋り付きであると思います。
ですから、その不安体験の感情に直接アタッチして消化してしまうことに加えて、
就職している成人なら、仮に親から捨てられたとしても生きていける、経済的にも身の回りの世話的にも、もう幼児ではないのだから心配する必要はないことを実感することもまた助けになると思います。