エンパワーメント力を高める方法,使い方
みなさんこんにちは。公認心理師の川島、精神保健福祉士の杜岡です。私たちは、精神科ケースワーカー、児童福祉分野での相談業務、障がい者の就労支援などを行っています。現在はコミュニケーション講座の講師として活動しています。
本コラムのテーマは、「援助者向けエンパワーメント入門」です。目次はこちらです。
①エンパワーメントとは何か
②エンパワーメントの構成要素
③研究紹介
④高める10の方法
⑤エンパワーメントと具体例
読み進めていくと、エンパワーメントの基本的な知識と必要なスキルを抑えることができると思います。是非最後までご一読ください。
①エンパワーメントとは何か
初めにエンパワーメントの歴史や意味について解説していきます。
歴史の概要
エンパワーメントはもともと17世紀に、法律用語として「公的な権威や法律的な権限を与えること」という意味でつかわれてきました(巴山ら,2003)[1]。
1950年代になると、黒人解放運動がはじまりました。当時のアフリカ系アメリカ人は、小学校教育を白人と黒人で分けるなど差別的な扱いを受けていました。このような社会的に不利な立場の黒人が力を取り戻すという意味でエンパワーメントという用語が使われるようになりました(西梅,2004)[2]。
1960年代以降になると、女性の権利回復、同性愛者の権利回復、社会福祉でもエンパワーメントの概念が広く使われるようになっていきました。
日本で、エンパワーメントが用いられるようになったのは、1990年代以降になります(森田,1998)[3]。現在では、福祉の現場、障害者の能力向上、ビジネスの場面など、分野を問わず広く使われるようになっています。
意味と哲学
エンパワーメントには以下の意味があります。
社会的に差別や搾取を受けたり、組織の中でコントロールしてゆく力を失われた人々が、そのコントロールを取り戻すプロセス(久木田ら,1998)[4]
力を失った人人々が自らの生活を主体的にコントロールする能力を獲得し、生活する環境や組織・社会構造に影響を与えるプロセス(Segal ,1995)[5]
エンパワーメントは、自分の持っている能力やスキルを自覚し、社会との関わりの中で活き活きと発揮していく過程を意味するのです。すべての人々はみな、生まれながら様々な個性、能力、可能性を持っています。個人の能力を尊重した肯定的な働きかけにより、その潜在能力を取り戻し、力をつけてゆくことがエンパワーメントの哲学なのです。
②エンパワーメントの構成要素
エンパワーメントが達成されるのは実際に何が必要なのでしょうか。渡辺ら(2019)[6]は看護職886名を対象に日本語版精神的エンパワメント尺度の作成を行いました。その過程でエンパワーメントには以下の4つの因子があることがわかりました。当コラムではこの4因子を参考に解説を進めていきます。
意味を感じる
1つ目は自分がしている活動、仕事、生き方に意味を感じることになります。例えば「穴を掘って、それを埋める」という作業を永遠と繰り返す囚人への罰があったようです。このような作業を課せられた囚人は精神を病んでしまいます。現代の私たちでも、無意味なと感じる仕事を続けると、たとえ生活が安定していても疑問を持ち、やりがいを持って取り組むことができません。
能力があると感じる
2つ目は自分には問題を解決する能力がある、目標を達成できる能力があると感じることです。心理学の世界では近い概念である自己効力感という用語がありますが、自己効力感が高い人は、自己肯定感があり、行動的になりやすいことが分かっています。
自己決定
3つ目は自分の意思で決めることができることが大事になります。エンパワーメントは周りの助けを借りつつも、最後は自分で考え、行動していかなくてはなりません。「自分で決めることができる」「自分で考えることができる」という感覚が大事になるのです。
影響力がある
4つ目は自分の発言や主張が周りに受け入れられる、周りを変える力があると感じることです。無力化された環境でも、主張し、行動すれば、組織や社会は動かせると感じた時に、私たちは積極的に行動することができます。
③研究紹介
エンパワーメントについては、これまで複数の分野で研究がなされてきました。興味があるタイトルを展開して理解を深めていきましょう。
④高める10の方法
ここからは無力化した人を、支援者の立場からエンパワーメントするやり方を10個解説します。
①基本姿勢の確認
②ラポールを築く力
③傾聴力をつける
④励ます力をつける
⑤情報調査の手法を伝える
⑥権限を与える
⑦ストレングス視点を持つ
⑧リフレーミング力をつける
⑨性格の分析力をつける
⓾ソーシャルサポートを充実
ご自身でも使えそうなものを組み合わせてご活用ください。
①基本姿勢の確認
エンパワーメントの基本は、相手を「受け身の被害者」ではなく、「自らの問題を自ら解決していく人」という意識で接することが大切です。支援者は「救い手」ではなく、あくまで助ける役割、サポートする役割を果たします。
困っている人をただ与える存在になってしまうと、それは同時に相手が自ら問題を乗り越える手段を奪っているという意識を強く持つように心がけます。
例えば、収入が少なく貧困に苦しんでいる家庭があったとします。この時、支援者としては、一時的に生活保護を提案することはありますが、永続的な利用を促すことは控えます。収入が増えるような情報提供をして、自ら貧困から脱出できるような支援を行うことになります。
②ラポールを築く力
ラポールを築く力はエンパワーメントをする上で必須です。ラポールを築くとは、心を通わせお互い信頼できる関係になることを意味します。具体的には、以下のような日常のやり取りが大事になります。
日々の挨拶を大事にする
意見をしっかり受け止める
屈託のない会話をする
ユーモアを持つ
お互いに信頼できる関係があるからこそ、深い価値観を引き出し、時に思い切った提案をすることができるのです。相談者の方と心を通い合わせるのが苦手…と感じる方は以下のコラムを参照ください。
ラポールを築く方法
③傾聴力をつける
エンパワーメントの基本は傾聴力です。傾聴力なくしてエンパワーメント力はなし!と言っても過言ではありません。例えば以下が挙げられます。
相手の話を要約して繰り替えす
肯定的に返す 褒める
前向きな感情を引き出す質問
充分間を取りながら傾聴する
エンパワーメントの実践現場では、傾聴する時間がかなりを締めます。聴く力が不足している…と感じる方は以下のコラムを参照ください。
傾聴力トレーニング
④励ます力をつける
対象者の方は、失敗や挫折を繰り返し、挑戦する気力を失っていることがよくあります。援助者は対象者を励ます場面がよくあります。励ます方法としては以下が挙げられます。
辛い気持ちを十分受けとめる
結果ではなく努力を褒める
成長した点を見つけ励ます
温かい言葉をかける
精神的に辛い時に、しっかりと励ましてくれる援助者がいると、対象者は勇気をもって活動できるようになります。対象者が落ち込んでいる時に、どう声をかければ良いかわからない…という方は以下のコラムを参照ください。
⑤情報調査の手法を伝える
エンパワーメントの重要な側面の一つは、単に情報を提供するだけでなく、調査や情報収集の具体的な手法を教えることにあります。これにより、支援対象者は自分自身で問題を特定し、それに対して適切な解決策を見つけ出す力を習得することができます。
このプロセスを通じて、彼らは自己決定能力を大いに向上させることができ、さらに、より自主的かつ積極的に行動できるようになるのです。結果として、支援対象者は自立心を強化し、長期的な自己成長を促進することが可能になります。
例えば、医療関係者だけで、すべてを決めるのではなく、なるべく患者を巻き込みながら治療の方針や、生活のあり方を一緒に考えていくことなどが挙げられます。
⑥権限を与える
もしあなたが、なんらかの権限を対象者に持たせることができるなら、積極的に渡していくと良いでしょう。例えば以下が挙げられます。
企画から運営まで一気通貫で決めてもらう
〇〇リーダーという肩書を作る
自由に使える予算を与える
毎月の売上目標を自分で決めてもらう
これまでのエンパワーメント研究でも、権限の委譲は、本人だけでなく、組織全体の活性化にもつながることがわかっています。「自分の意思で決定している」という感覚が持てるような援助を心がけましょう。
⑦ストレングス視点を持つ
エンパワーメントをするには、その人が持つストレングスを見つける必要があります。ストレングスとは以下の意味があります。
全ての人が持つ、目標、才能、自信、資源、人材、機会
すなわち目標を達成するために役立つあらゆる資源を意味します。援助の力がない方は、無力化している人の短所や弱みを見つけるばかりで、ただ場当たり的な対応をしてしまいます。
一方で、ストレングスを見つけられる人は、無力化していると思われがちな人からたくさんの長所や能力をみつけ、積極的に引き出そうとします。そして相手にストレングスを自覚し、自らの手で活用できるように手伝っていくのです。理解を深めたい方は以下のコラムを参照ください。
⑧リフレーミング力をつける
相手の短所を強みとして活かす、リフレーミング力も援助者には必要になります。リフレーミングとは、考え方の枠組みを再構築して前向きにする手法です。例えば以下が挙げられます
足が悪く移動にハンデがある
→PCに詳しくなり、遠隔での仕事をどこでもできるようにする
収入が低いコンプレックス
→収入を上げるための資格の勉強意欲に繋げる
無力化している方は、自分の短所をあげがちですが、その時にリフレーミングをして、前向きに活かすように、エンパワーメントしていきましょう。リフレーミングについては以下のコラムを参照ください。
リフレーミング練習
⑨性格の分析力をつける
援助者は、対象となる人の性格を把握し、個性にあった援助をしていく必要があります。例えば以下が挙げられます。
神経質だ
→細かい作業が得意 正確な作業が求められる仕事を提案する
外向的だ
→人と接すると能力を発揮 対人関係の仕事を提案する
具体的な性格分析としては、ビックファイブ性格分析、エゴグラムの2つが入門としてはおすすめです。例えば、ビックファイ性格分析では、神経質傾向、外向性、開放性、誠実さ、協調性をベースに性格傾向を把握することができます。エゴグラムでは、倫理観、援助性、論理性、創造性、協調などを把握することができます。詳しくは以下の診断で基礎知識を高めてください。
⓾ソーシャルサポートを充実させる
対象者の方が、力強く問題を乗り越えていくためには、物理的、心理的なサポートの充実が不可欠です。援助者は、対象者の支えとなるサポート体制を整えていく必要があります。例えば以下が挙げられます。
行き詰ったときに悩みの相談を受ける
同じ悩みを抱える自助グループを紹介する
家族関係の改善を働きかける
使える補助金の情報など公的手段を伝える
心理学の研究では、人間関係やソーシャルサポートの充実は将来への希望に結びつくことがわかっています。援助者の方は、しっかりと意識しましょう。詳しくは以下のコラムを参照ください。
⑤エンパワーメントと具体例
ここまで解説したように、エンパワーメントの基本は、本人を無力化した被害者ではなく、自らの問題を乗り越える力強い人として、支援することが大切です。以下、エンパワーメントと具体的な事例を3つ解説します。理解を深めたい方は折り畳みを展開して参考にしてみてください。
まとめ
当コラムでは、エンパワーメントについて入門編を解説してきました。エンパワーメントは粘り強さが大事です。対象者に何より必要なのは、「自分の力で乗り越えた」という実感です。援助者は補助輪にすぎないのです。あくまで自転車をこぐのは対象者であることを忘れないようにしましょう。
もっと学びたい方へ
当コラムの内容をしっかり身につけたい方は、現役の経営者、公認心理師による講座をおすすめします。内容は以下のとおりです。
・エンパワーメントの基礎を学ぶ
・コーチングの基礎トレーニング
・ラポールを築く,傾聴練習
・リフレーミング力をつける
🔰体験受講🔰に興味がある方は下記の看板をクリックください。筆者も講師をしています(^^)
コラム監修
名前
川島達史
経歴
- 公認心理師
- 精神保健福祉士
- 目白大学大学院心理学研究科 修了
取材執筆活動など
- NHKあさイチ出演
- NHK天才テレビ君出演
- マイナビ出版 「嫌われる覚悟」岡山理科大 入試問題採用
- サンマーク出版「結局どうすればいい感じに雑談できる?」
YouTube→
Twitter→
名前
長田洋和
経歴
- 帝京平成大学大学院臨床心理学研究科 教授
- 東京大学 博士 (保健学) 取得
- 公認心理師
- 臨床心理士
- 精神保健福祉士
取材執筆活動など
- 知的能力障害. 精神科臨床評価マニュアル
- うつ病と予防学的介入プログラム
- 日本版CU特性スクリーニング尺度開発
名前
亀井幹子
経歴
- 臨床心理士
- 公認心理師
- 早稲田大学大学院人間科学研究科 修了
- 精神科クリニック勤務
取材執筆活動など
- メディア・研究活動
- NHK偉人達の健康診断出演
- マインドフルネスと不眠症状の関連
Mental Health Journal; 31(3): 215–227