先延ばし癖の原因と治し方
皆さんこんにちは。コミュニケーション講座を開催している公認心理師の川島達史です。今回のお悩み相談は「先延ばし癖を治したい」です。
相談者
34歳 男性
お悩みの内容
私は現在、IT系の会社で働いています。ここ数年、先延ばしをして仕事に取り掛かれず、納期を守れないことが何回もありました。やらなくてはいけないことは分かっているのですが、どうしても先延ばししてしまいます。原因と対策を教えて欲しいです。
先延ばしをしてしまうことで、約束を守れなくなっているのですね。当コラムでは先延ばしの意味、原因、対策をしっかり解説していきます。
先延ばしの意味と影響
まずはじめに先延ばしについて理解を深めていきましょう。
先延ばしの意味
先延ばしは以下のように定義されています。
先延ばしとは、重要であったり、期限が定められていたりするタスクや責任を後回しにすることです。人は不安、モチベーションの低下、完璧主義などさまざまな理由から、やるべきことを先延ばしする傾向があります。
先延ばしと複雑な感情
小浜駿 (2010)[2]は、大学生440名を対象に先延ばしのレベルを測定する尺度の作成を行いました。その中で、先延ばしに対する因子分析が行われました。
結果、先延ばし状態では、心の中でポジティブな感情とネガティブな感情が複雑に渦巻いていることがわかったのです。具体的には、それぞれ以下のような感情があげられます。
(*論文の因子項目の内容を簡略化して解説しています。詳しく知りたい方は論文をご参照ください)
ポジティブな感情
解放感 リラックス 一時的な安堵 楽観 気楽さ
ネガティブな感情
罪悪感 焦り 自己嫌悪 不安 後悔
このように、先延ばしをすると、ポジティブな感情とネガティブな感情の両方の綱引きが始まります。
先延ばしが続くほど、ポジティブな感情は一時的に心を軽くするものの、ネガティブな感情が徐々に強まり、精神的な負担を増大させます。先延ばしは短期的には解放感を与えるかもしれませんが、最終的には焦りや自己嫌悪、不安が押し寄せ、達成感を遠ざける要因となります。
したがって、先延ばしに対する理解を深めることは、自己管理能力を高め、長期的な成長や満足感を得るステップと言えるでしょう。
先延ばしと悪影響
上記のように先延ばしは、複雑な感情を生み出します。小浜(2010)[2]の191名を対象に行った研究では、結以下のような悪影響につながりやすいことがわかっています。
情緒不安定になる
まず1つ目の結果として、先延ばしが多いと、情緒不安定になりやすいことがわかりました。以下の図をご覧ください。
このように先延ばし前の否定定期な感情が高いと、情緒不安定も高くなることがわかります。先ほど解説したように、焦りや罪悪感などの感情を抱えつつ、先延ばしをしてしまうため心に落ち着きがなくなってしまうと考えられるでしょう。
不誠実になる
続いて2つ目の結果として、先延ばしが多いと、不誠実になりやすくなることがわかりました。以下の図をご覧ください。
ここでいう誠実性とは、単純に「真面目」という意味ではありません。やるべきことやる、計画的に行動する、誘惑に負けないなどの性質を表しています。
図を見ると、先延ばし前の否定的な感情が高いと、誠実性が低くなっていることがわかります。先延ばし自体が誠実性を低下させるのは体感的にもわかりやすいのではないでしょうか。
不安・うつが高まる
続いて3つ目の結果として、先延ばしが多いと、不安・うつが高まることがわかりました。以下の図をご覧ください。
このように状況の楽観視が高いほど、抑うつ・不安が高まっていることがわかります。一般的には、楽観視すると、不安が減るのでは?と思われるかもしれません。しかし、先延ばしに至っては別のようです。
目の前のやるべきことから、目をそらす楽観視は一時的に気分が晴れても、長期的には抑うつ・不安が高まってしまうのです。
自己嫌悪が高まる
最後に4つ目の結果として、先延ばしが多いと、自己嫌悪が高まることがわかりました。以下の図をご覧ください。
このように状況の楽観視が高いほど、自己嫌悪も高まることがわかりました。
これは、自分では状況を楽観視しているのにもかからず、心の深い部分では、「このままではマズイ…」という気持ちがあることが推測されます。そんなマズイ状態に対して、行動を起こせない自分に嫌気が出てきてしまうのです。
先延ばしの10の原因と治し方
先延ばし癖は、心理学や精神医学の研究で様々な原因があることがわかっています。当コラムでは10の原因と対策を解説させて頂きます。
① 計画を立てていない
② 目標を高く設定している
③ タスクの過剰負担
④ アイデンティティの拡散
⑤ 努力の方向性を調整できない
⑥ 好奇心が不足している
⑦ 自動操縦されやすい
⑧ 衝動性がある
⑨ 楽観的でない
⑩ 心の病気の可能性
ご自身にあてはまりそうな原因と対策を中心に取り組んでみてください。
①計画を立てていない
藤田(2010)[3]は大学生161名を対象に、先延ばしをする心理について調査を行いました。その結果の一部が下図となります。
上図は、プランニングをしない人は、課題先延ばしを多いことを意味しています。ここからは推測となりますが、計画を立てない人は、気分によってする・しないを決めるため、先延ばしをする機会が増えると考えられます。
対策としては、具体的なツールを使って計画をしっかり立てる習慣をつけることです。オススメなのが、「ブログを書く」「手帳を買う」「やる事リスト表を作る」「TODOアプリ」を使うなどが挙げられます。
頭の中で計画を立てるのではなく、可視化をして、いつまでになにをやるを毎日確認する習慣をつけましょう。
②目標を高く設定している
先延ばし癖がある方の中には、目標を高く設定しすぎている方がいます。まずは以下の図をご覧ください。
図の右側は目標が高すぎる場合の心理を表しています。目標が高すぎと、失敗する確率が高くなるので、不安を感じやすくなりやすくなります。また実際に行動をすると、挫折しやすいので、行動しようという気持ちが小さくなり、先延ばしをしやすくなってしまうのです。
対策としては「高すぎる目標を適度に低くする」「スモールステップ法」がおすすめです。例えば、今年中に副業で360万稼ぐという目標ですと、人によっては目標が大きすぎてかえって行動できないかもしれません。
この場合は「今年中に副業で36万円稼ぐ」とスモールステップを作ってみます。そしてスモールステップで「今月は3万円が目標だ。どんな副業がいいかな」とさらに目標を細かくしていきます。このように目標を手触り感のある大きさにすると、やる気が出てきます。
スモールステップをより深く知りたい方は、以下のコラムをご覧ください。
③タスクの過剰負担
タスクが多すぎると、脳は圧倒されやすくなります。膨大な作業量を前にすると、どこから始めれば良いのか判断がつかず、ストレスや不安が高まります。このような状態では、脳は自然と回避行動を取るようになり、先延ばしを選びがちです。また、複数のタスクがあると、一度に全てをこなそうとするプレッシャーが働き、集中力が散漫になりがちです。
対策として、タスクに優先順位をつけることが重要です。すべてを同じレベルで扱うと、どこから手をつけるか迷いが生じますが、重要度や締め切りに基づき優先順位を設定することで、最初に取り組むべきタスクが明確になります。重要なタスクから順に処理することで負担が軽減され、達成感が得られ、次のタスクに取り組む意欲も向上します。
④アイデンティティが拡散している
アイデンティティの拡散は、自己の価値観や目標が不明確な状態を指します。この状態にあると、何を優先すべきか判断できず、タスクの選定や遂行に困難を感じるため、先延ばし癖が生じやすくなります。自分が何をしたいのか、どのように進むべきかが見えないため、行動に対する自信が持てず、行動自体を回避する傾向が強まります。
対策としては、「価値観を見直す」「人生を見直す」「日々の自分の感情を観察する」などを繰り返すことで、目標を再設定してうくことが大事になります。自分と向き合う時期が続くと、アイデンティティが確立され、エネルギッシュな日常を取り戻すことができます。
目標の見つけ方については以下のコラムで詳しく解説しました。是非ご一読ください。
⑤努力の方向性を調整できない
藤田(2010)[3]は大学生161名を対象に、先延ばしをする心理について調査を行いました。その結果の一部が下図となります。図の努力・モニタリングとは、「努力の方向性が正しいか」「努力を調整できているか」を意味します。
上図のように、努力・モニタリングが「不足している」ほど、課題先延ばしが「多い」という結果が出ています。ここからは推測となりますが、先延ばしをしやすい方は、自分の努力の方向性を深く考えないために、場当たり的に行動し、その結果成果が出なくなっていくため、やる気を失い、先延ばし傾向が高まると言えます。
対策としては、計画を実行した後に「今日の努力によって成果は出たか?」「成果が出た原因はなにか?」「苦手意識を感じた原因は何か」「どうすればやる気が出るか」など、自分の努力の方向性を軌道修正したり、調整していくことが大事になります。
客観的に自分を分析する力を高めるには、メタ認知のトレーニングをおすすめします。メタ認知とは、自分の感情や行動の深い部分を探る力を意味します。努力プランニングの基礎力を高めることができるので、以下のコラムも参照ください。
⑥好奇心が不足している
藤田ら(2006)[4]は大学生142名を対象に、先延ばしをする心理について調査を行いました。その結果の一部が下図となります。右の「興味の低さによる他事優先」とは、課題への好奇心が低く、他のことを優先してしまうことを意味します。
図を見ると、興味が低く他のことを優先「しやすい」人は、課題先延ばしが「多い」ことがわかります。言い換えると先延ばしの裏側には興味のなさ、好奇心のなさが原因として考えられるのです。
好奇心を刺激する方法としては、様々な方法がありますが、1つのやり方として「目の前の課題」と「自分の好奇心」を結びつけるといいでしょう。例えば、「英単語10個を覚える→カッコイイ外国人のようになりたい」といった感じです。
好奇心を持つ方法をより深く知りたい方は、以下のコラムをご参照ください。
⑦自動操縦されやすい
先延ばし傾向がある方は、感情の赴くままに行動している可能性があります。こうした、自動的に表れる思考や感情に流されてしまう状態を心理学では「自動操縦状態」と呼ぶことがあります(Teasdale,2002)[5]。自動操縦状態になると、
・やりたくないことはやらない
・ゲームしたくなったらゲームする
・眠くなったら寝る
といった具合に、手近な誘惑に流されて、やるべきタスクを後回しにしてしまいます。
治し方としては、マインドフルネスを育むことが大切です。マインドフルネスとは、”今この瞬間の体験を受け入れ、あるがままに観察する”ことを意味します思考や感情を一歩引いた視点で眺めることで、誘惑に流されにくくなるのです。
マインドフルネスの具体的なやり方としては、以下の方法があります。
①快適な姿勢で座る
②目を閉じるか、薄目で視線を保つ
③呼吸に意識を向け、吸う息と吐く息を感じる
④思考が浮かんでも、優しく呼吸に意識を戻す
これを3-5分続ける
マインドフルネスの理論や実践方法などを深く知りたい方は以下のコラムをご覧ください。
⑧衝動性が高い可能性
先延ばし傾向が強い方は、衝動性が高いことがわかっています。藤田ら(2005)[7]は、先延ばし傾向と失敗行動の関係について調査を行いました。大学生175名を対象に質問紙を用いて、調査を行いました。その結果が以下の図です。
このように、衝動性が「高い」ほど、課題先延ばしが「高い」ことがわかります。衝動性が高い方は、目の前の興味がコロコロが変わってしまいまい。やるべきことを忘れてしまいます。
対策としては、感情のコントロール法を学び、冷静に物事を進める力をつけることをおすすめします。感情のコントロール法は複数ありますが、「考え方を現実的にする練習」「冷静になる呼吸法」「自分を客観視する訓練」などがおすすめです。詳しくは以下のコラムを参照ください。
補足として、衝動性が顕著になると、ADHDと診断されることがあります。ADHDとは、発達障害の1種で”じっとしていられない””衝動的に行動する””不注意”などの傾向があります。理解を深めたい方は以下のコラムを参照ください。
⑨楽観的でない
黄ら(2010)[8]は、大学生281人を対象に、楽観性と先延ばしの関連について調査を行いました。楽観的帰属様式とは、簡単に言えば、自分にとって望ましい出来事が起きた時に、その原因は自分の内側にあり、長期的でありふれたものであると考える様式のことです。また反対にネガティブな出来事については、原因は外側にあり、一時的で特異的なものであると考えます。
その結果の一部が以下の図です。
上図の見ると、楽観的帰属様式が強いほど、先延ばしが少なくなっていることが分かります。
先延ばしする人は、何かに挑戦しようと思った時に「批判されるかも」「どう思われるだろうか」などと考えて、踏みとどまってしまいます。一方で、先延ばしをしない人は、「自分ならできる」「きっとうまくいく」と楽観的に感じ、積極的に行動できるのです。楽観的な心理について理解を深めたい方は以下のコラムを参照ください。
⑩心の病気の可能性
先延ばし癖がひどく、日常生活に支障をきたしている場合は、心の病気の可能性も考えられます。例えば、うつ病には以下のような症状が挙げられます。
・やる気が起きない
・無気力状態
・人生に意味を感じられない
このように日々の生活にやる気が起きず、やるべきことを先延ばしにしてしまいます。抑うつ気分を改善するには、「心理療法」「良好な人間関係」「規則正しい生活」などが挙げられます。より深く知りたい方は、以下のコラムをご参照ください。
まとめ
心理学の研究では、先延ばしをして、課題を後回しにすると、後悔しやすいことが分かってます。当コラムで紹介した原因と対策を参考に、皆さんがやるべきことにしっかり取り組み、充実した日々を過ごされることを心から願っています。
しっかり身につけたい方へ
当コラムで紹介した方法は、公認心理師による講座で、たくさん練習することができます。内容は以下のとおりです。
・先延ばし癖の改善,計画の立て方
・行動力をつける心理学
・やる気がでるコツ,フロー心理学
・冷静に実行,マインドフルネス療法
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コラム監修
名前
川島達史
経歴
- 公認心理師
- 精神保健福祉士
- 目白大学大学院心理学研究科 修了
取材執筆活動など
- NHKあさイチ出演
- NHK天才テレビ君出演
- マイナビ出版 「嫌われる覚悟」岡山理科大 入試問題採用
- サンマーク出版「結局どうすればいい感じに雑談できる?」
YouTube→
Twitter→
名前
長田洋和
経歴
- 帝京平成大学大学院臨床心理学研究科 教授
- 東京大学 博士 (保健学) 取得
- 公認心理師
- 臨床心理士
- 精神保健福祉士
取材執筆活動など
- 知的能力障害. 精神科臨床評価マニュアル
- うつ病と予防学的介入プログラム
- 日本版CU特性スクリーニング尺度開発
名前
亀井幹子
経歴
- 臨床心理士
- 公認心理師
- 早稲田大学大学院人間科学研究科 修了
- 精神科クリニック勤務
取材執筆活動など
- メディア・研究活動
- NHK偉人達の健康診断出演
- マインドフルネスと不眠症状の関連