社交不安障害と心理療法④人を避ける癖を改善,行動療法の基礎
皆さんこんにちは、社交不安症専門カウンセラーの川島達史です。当シリーズでは社交不安症に特化した心理療法を8回に分けて解説しています。早速今日の目次を見ていきましょう。
①.社交不安症の基礎知識
②.認知療法‐考え方の柔軟性
③.認知療法‐認知の歪みの改善
④.行動療法-段階的な挑戦
⑤.マインドフルネス療法
⑥.森田療法,対人恐怖の治療
⑦.ソーシャルスキルトレーニングの基礎
⑧.アサーション,主張の技術
初回は社交不安症についての基礎知識についてお伝えしました。その後2回にかけて認知療法の基礎と具体例について練習をしてきました。今日はこの認知療法に一区切りをつけて行動療法に入っていきたいと思っています。
認知療法については物事の考え方を柔らかくして緊張をほぐしていくような心理療法になるのですが、行動療法は視点がだいぶ変わってきます。それでは行動療法の基本について詳しく見ていきましょう。
なお、当コラムは動画でも解説しています。コラムの補助としてご活用ください。
行動療法とは?
まずは行動療法の意味から見ていきましょう。
行動療法とは
行動療法は学習理論に基づいた心理療法です。行動療法では、健康的でない行動を見つけて分析し、より適応的な行動を増やしていくことを目指します。
学習理論とは、私たちの行動は過去の経験によって形づくられるという考え方です。簡単に言えば、「過去にこういう経験をしたから、次はこうしよう」と人は判断するということです。
人間関係での具体例
例えば、人間関係で考えてみましょう。友達との楽しい時間や、大切な人との幸せな思い出をたくさん持っている人は、
「これからの出会いもきっと良いものになる」
と自然に考えます。そのため、新しい人間関係にも積極的になれるのです。
反対に、人間関係でつらい経験が多かった人は、
「また同じように嫌な思いをするかもしれない」
と考えがちです。そのため、人との関わりに消極的になり、できるだけ人間関係を避けようとする傾向が生まれます。
行動療法の目指すもの
行動療法では、人間関係で辛い経験を重ねて「もう人と関わっても良いことはない」という気持ちを抱いている方に対して、新しい人との関わり方を提案します。これからの人間関係では、リラックスした雰囲気の中でお互いに笑顔になれる体験や、心温まる思い出をたくさん作ることを大切にします。
肯定的な経験を積み重ねることで、人間関係に対して前向きな気持ちが芽生え、次第に自分から積極的に行動できるようになっていきます。行動療法では、好循環を生み出すことが目的なのです。
行動療法と安全行動
社交不安症の治療において、まず最初に理解すべきポイントが「安全行動」です。これがどのように不安を維持させているのか、具体的な例と共に見ていきましょう。
安全行動とは何か
安全行動とは、不安や恐怖を感じる状況を避けることで一時的な安心を得ようとする行動です。例えば、会社のランチで、その集団がいる部屋に恐る恐る入ったとします。
このとき、心の中で小さな不安が生じます。
「自分から話しかけて輪に入れなかったらどうしよう」
「みんなのように楽しく話せなかったらどうしよう」
という不安です。そして、この不安があるから「とりあえずやめておこう」と考え、その集団と話すことを回避します。
安全行動の悪循環
回避すると確かに問題を避けられるので、一時的な不安は軽減します。しかし、翌日も同じような状況になった場合はどうでしょうか。また昼休みに同じ場所に行くと、同様に楽しそうに話している集団がいます。
この場合人間の心理として、さらに不安が大きくなる傾向があります。なぜなら、避けることで成功体験は得られず、経験も積めていないからです。つまり、自分が会話の中で楽しく話せるという自信がないという確信を深めてしまい、不安が少しずつ大きくなります。
不安が大きくなると、さらに「今日も避けよう」という気持ちになりやすくなります。これが繰り返されると、
1.楽しそうな集団を見る
2.会話に対する恐怖心や不安感が増大
3.人がいる集団を避ける
という行動習慣が形成されてしまいます。
私の体験談
私の経験を一つお話しします。私は元々社交不安症で、人と接することが怖いという青春時代を過ごしました。社交不安症の治療がある程度進んだ段階で、行動療法を活用しながら努力しようと考えていた時期がありました。
行動範囲を広げるため、歌のサークル、具体的にはゴスペルサークルに参加するようになりました。しかし、まだ社交不安症は完全には治っておらず、恐怖心が強く出てくる日もありました。
そういう日は、サークルの教室の前まで行くものの、不安が大きくなって回避行動、つまり安全行動をとってしまうことがありました。すると次回も教室の前に来ると、サークルに入らないという選択をしてしまう日が続きました。
安全行動を乗り越えるには
これが安全行動と呼ばれる現象です。人間関係を避けるほど、不安感や恐怖心が増していく…。こうした人間の基本的な心理メカニズムを理解しておくことが重要です。社交不安症を治療するには、小さな不安がある状態で「まあやってみよう」という気持ちで行動に移すことが不可欠です。
強い恐怖心がある場合は回避するという選択肢もあるでしょう。しかし、「なんとかできるだろう」という小さな不安の段階で毎回回避する習慣をつけると、安全行動の原理によって生活環境が次第に狭くなっていきます。
不安の性質を理解する
安全行動のメカニズムを理解したうえで、次に不安そのものの性質について考えてみましょう。不安はどのように変化するのでしょうか。
不安の波と変化
不安の性質について知ることは大切です。心理学者の坂野(2013)[1] が作成した図を参考にします。
この図では、縦軸が不安の大きさを表し、上に行くほど不安が強くなります。横軸は時間を表し、右に行くほど時間が経過していることを示します。不安を感じる状況、例えば会社の会議でみんなと意見交換するような場面を考えてみましょう。
会議の前は、人間である以上、不安はゼロではなく、多少の不安が揺れ動きます。「会議で意見を求められたらどうしよう」という不安が生じます。さらに会議の席に座ると、上司や多くの参加者がいて不安が非常に強くなります。
回避行動と積極的行動の違い
この状況で回避行動をとると、例えば全く意見を言わないという選択をすると、注目を浴びることはないので一時的な不安はなくなります。しかし、不安感がだらだらと続くことになります。
「意見を言っていないから、もし指名されたらどうしよう」
「このまま無言で会議が終えるのは良くないな」
という不安が持続します。
一方、不安はあるものの早めに自分の意見を言ったとすると、話している間は確かに不安感はありますが、その不安感は徐々に収まっていきます。さらに、実際に発言できたという経験が自信につながります。
不安の自然な減少過程
学校で順番にスピーチをした経験はありますでしょうか?自分の番が終わった時の「すっきり感」や不安が軽減される感覚を覚えているかもしれません。
この「終わった」という感覚は回避行動と対比されます。早めに行動した方が結果的に不安は収まりやすいという不安の原理を理解することが大切です。
回避行動をとって必要なことをしないと、一時的には不安は減るかもしれませんが、だらだらと続く不安感が長く続いてしまい、結局は損をしているようなものです。90分後の不安の差はずっと続くため、社交不安症改善において重要な視点となります。
オペラント条件付けを活用する
不安の性質を理解したところで、人がどうやって行動を選択していくのか、その心理メカニズムを見ていきましょう。
オペラント条件付けとは
オペラント条件付けとは自発的な行動の結果、プラスもしくはマイナスの出来事が起こることで、次の行動が変化することになります。では具体例を見ていきたいと思います。
休憩室に同僚がいるという状況があったとしましょう。この時、社交不安症がある方はおそらく「同僚がいて会話どうしよう」みたいな感じ考えると思うでしょう。「沈黙になったらどうしよう」という感じで考えると思います。
ポジティブな体験を作る
ここで勇気を出して入室し、会話を避けるのではなく、社交不安症改善のために話しかけてみることにします。例えば「昨日サイゼリアに行ったんだよ」といった話をしてみます。
食事の話題は比較的安全で、険悪な雰囲気になることは少なく、リラックスした会話ができることが多いでしょう。共通の話題や好きな料理の話などで軽く会話を交わし、お互いに笑顔になれたとします。
すると、
「社交不安症があっても、話しかけると意外と会話が成立するんだ」
という小さな自信が生まれます。
この経験から、次の人間関係にもチャレンジしてみようという気持ちが生まれます。つまり、主体的に行動して良い結果が得られると、次の行動もポジティブになりやすいというのが、オペラント条件付けの基本原理です。
ネガティブな体験の影響
別の例を考えてみましょう。休憩室に同僚がいる状況で入室したものの、話しかけることに不安を感じました。そこでとりあえずスマートフォンを操作するという選択をします。
同じ空間にいながらスマートフォンを操作し続けると、気まずい沈黙が流れます。これは少なくとも楽しい時間とは言えず、ネガティブな気分が生まれてきます。
ここまでのオペラント条件付けの解説を図にすると、以下の通りです。
このような経験の後、次の人間関係に前向きになることは難しくなります。成功体験がないまま終わったことで、「人間関係はあまり良いことがない」という印象を強めてしまうからです。
社交不安症への応用
このように自分が能動的に行動したとき、良い経験が得られるとその行動は促進されます。逆にネガティブな結果が生じると、その対象に対して消極的になるという原理が働きます。
オペラント条件付けの観点から見ると、「人が怖い」「人と接すると不安」という傾向がある方には特徴があります。自分の行動で不安を呼び起こし、人間関係で失敗します。そしてさらに人間関係に消極的になるという、社交不安症の方によく見られるパターンが形成されていきます。
不安階層表で改善しよう
ここまでのおさらいをすると、社交不安症を改善するには「安全行動を減らす」「不安の波を理解する」「オペラント条件付けを活用する」ことが大切だとわかりました。しかし、実践するためには具体的な方法が必要です。そこで役立つのが「不安階層表」です。
不安階層表とは
不安階層表とは、不安の小さい場面から挑戦していくことで自信をつけながら行動範囲を広げていく手法です。英語では「スモールステップ」とも呼ばれ、少しずつ自信をつけていく体験を増やしていきます。
不安階層表の作り方
不安階層表の作り方は専門家によって様々ですが、シンプルに4段階程度で作成するのがおすすめです。10段階ほど作る場合もありますが、あまりに多すぎると実行するイメージが湧かない方も多いため、私の経験では3つ程度の段階から始めるのが良いでしょう。
表の作り方としては、練習1、練習2、練習3という形で、徐々に難易度が上がるように行動計画を立てます。不安得点で最終目標が100だとすると、それに対してどの程度の不安を感じるかを書き留めます。そして実行日、実際にできたかどうか、感想を記録していきます。
私の実践例
私が社交不安症だった頃に実践していた不安階層表の訓練を紹介します。
練習1は「コンビニに行って買い物をする」でした。元々引きこもりがちで、家から出るだけでも汗が止まらないほど不安を感じていた時期がありました。まずはコンビニに行くところから始めようと、3階のマンションから腰を上げて外出する練習をしました。コンビニに行くくらいなら不安得点15点程度で、毎日実行して記録していきました。
次にコンビニで言葉を発することを意識しました。重症だった頃は「袋はいりますか」と聞かれても「はい」と言えないほど緊張していました。
無言で頷いたり首を振ったりするしかできなかったのですが、「はい」と声に出して答える目標を立てました。「はい」と言えても袋をもらえないこともあり、辛い経験もしましたが、袋をもらえることもあり、そうした成功体験も積み重ねていきました。
小さな成功の積み重ね
練習3では「ありがとうございます」と言うことに挑戦しました。実際に「ありがとう」と言ってみたところ、元々吃音があるため緊張して「あ、あ、あ、あ、ありがとう」と言葉につまってしまいましたが、それでも「ありがとう」という言葉を発することができました。店員さんも笑顔で応えてくれて、それが嬉しかったです。
最終目標は「本屋でありがとうと言う」ことでした。これは不安得点100と高く、かなり緊張しましたが、1週間かけて目標を達成しました。言葉につまり、自然な笑顔もできなかったかもしれませんが、人と接することができたというポジティブな体験を得られました。この表を見返すと「自分の行動範囲が広がった」という実感が得られました。
次のコラムへ進む
これまで行動療法の基本的な要素を学んできました。次回はマインドフルネス療法について解説していきます。マインドフルネス療法は今ここに意識を向けることで、不安を和らげる心理療法です。社交不安症や対人恐怖でお悩みの方は、ぜひ本シリーズを参考にしてください。
①.社交不安症の基礎知識
②.認知療法‐考え方の柔軟性
③.認知療法‐認知の歪みの改善
④.行動療法-段階的な挑戦
⑤.マインドフルネス療法 次回はこちら
⑥.森田療法,対人恐怖の治療
⑦.ソーシャルスキルトレーニングの基礎
⑧.アサーション,主張の技術
カウンセリングのご案内
筆者は社交不安症専門のカウンセリングも行っています。一人での改善が難しいと感じる方は、ぜひお力になりたいと思います。まずは初回のアセスメントから、お気軽にご相談ください。
社交不安症専門のカウンセリングはこちら。
コラム監修
名前
川島達史
経歴
- 公認心理師
- 精神保健福祉士
- 目白大学大学院心理学研究科 修了
取材執筆活動など
- NHKあさイチ出演
- NHK天才テレビ君出演
- マイナビ出版 「嫌われる覚悟」岡山理科大 入試問題採用
- サンマーク出版「結局どうすればいい感じに雑談できる?」
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名前
長田洋和
経歴
- 帝京平成大学大学院臨床心理学研究科 教授
- 東京大学 博士 (保健学) 取得
- 公認心理師
- 臨床心理士
- 精神保健福祉士
取材執筆活動など
- 知的能力障害. 精神科臨床評価マニュアル
- うつ病と予防学的介入プログラム
- 日本版CU特性スクリーニング尺度開発

名前
亀井幹子
経歴
- 臨床心理士
- 公認心理師
- 早稲田大学大学院人間科学研究科 修了
- 精神科クリニック勤務
取材執筆活動など
- メディア・研究活動
- NHK偉人達の健康診断出演
- マインドフルネスと不眠症状の関連