感情労働とは何か,減らす方法
皆さんこんにちは。コミュニケーション講座を開催している現役経営者、公認心理師の川島達史です。今回のお悩み相談は「感情労働を減らしたい」です。
相談者
32歳 女性
お悩みの内容
私は現在、看護師として働いています。患者さんに安心してもらうために、いつも笑顔で接することを心がけています。だけど…実は仕事が辛い時に無理して笑うのはしんどくなってきています。同僚に相談したところ、「それって感情労働じゃない?」と言われました。感情労働の意味や減らす方法を知りたいです。よろしくお願いします。
いつも笑顔でいるという姿勢はプロフェッショナルですばらしいですが、過剰に意識をするとストレスが溜まると思います。当コラムでは感情労働とは何か、減らす方法を解説していきます。是非最後までご一読ください。
感情労働とは何か
歴史
1983年に社会学者のホックシールドは「管理される心 感情が商品になるとき」[1][2]という本の中で、「Emotional Labor」と言う言葉を使い、心理学や社会学に一石を投じました。それ以来、世界中で研究されるようになってきました。
意味
「Emotional Labor」は日本語としては感情労働と訳されることが多いです。意味は以下のようになります。
周りに適応するため実際の感情とは異なる表現をする精神的な管理
言い方を変えると、「本当の感情」と「実際に表現する感情」の間にある「がんばり」が感情労働になります。例えば、プライベートで辛いことがあった時に、「辛い顔を出してはいけない」「どんな時も笑顔になろう」と頑張ることなどが挙げられます。
起こりやすい状況
特に感情労働が起こりやすいのが、対人コミュニケーションが重要な業務で、「常に笑顔を求められる」「常に礼儀正しい態度が求められる」など高度な接客態度が求められる職種に多い傾向があります。また、社風としても、「上司が表情や心構えを強制する」「毎朝朝礼で心構えを絶叫させられる」など感情労働が起こりやすいこともあります。
感情労働と種類
無給,有給
ホックシールド(1979)[3]は感情労働を「有給」「無給」の2つの観点から分類しています。有給の感情労働は、仕事の場で報酬を得るために感情をコントロールする行為を指します。例えば以下が挙げられます。
有給の感情労働
コールセンターでクレーム対応時に冷静で親切な態度を保つ。
看護師が患者や家族に対し、疲れていても優しく接する。
教師が生徒がミスをしても感情的にならず、冷静に指導する。
ホテルスタッフが困難な要求に対しても笑顔で対応する。
一方、無給の感情労働は、私生活で自発的に行われ、報酬は得られませんが、家族や友人との関係を円滑にするために重要です。
無給の感情労働
友人との意見の食い違いに対して、怒りを抑え冷静に話し合う。
子供が騒いでも怒らず、忍耐強く対応する。
パートナーが機嫌が悪いときに、理解を示し優しく接する。
苦手な隣人にも笑顔で挨拶し、良好な関係を保つ。
表層演技,深層演技
ホックシールドは感情労働には「表層演技」「深層演技」の2つがあると主張しています。
表層演技
心が伴っていなくとも、表面上は笑顔や声の抑揚を使って望ましい感情を表現することです。
例えば、職場の上司に、もっと笑顔で接客しましょう。と言われた時にいつもよりも笑顔を多めに意識して接客するとします。これは表層演技にあたります。
深層演技
心そのものを変えようと努力することです。
例えば、職場の上司に、「お客様のありがとうをもらう意識を持とう!そうすれば仕事が楽しくなる」こんなことを言われたとします。これは心の深い部分を変えようとする意味で深層演技と言います。
ポジティブ型,ネガティブ型
さらに感情労働はポジティブ感情表出とネガティブ感情表出の2つに分けられます。それぞれ以下のような違いがあります。
ポジティブ感情表出
ネガティブな感情を持っているにも関わらず無理にポジティブにふるまうこと
例
疲れているのに無理に笑う
行きたくないのに行きたいと言う
ネガティブ感情表出
ポジティブな感情を持っているにも関わらず無理にネガティブにふるまうこと
例
好きな社員だが会社の都合で冷たく当たる
本当はやりたくないが生活のため借金の取り立てを行う
後述しますが、ポジティブ感情労働は比較的、メンタルヘルスを阻害することはなく、ネガティブ感情労働ははっきりと阻害する傾向があることがわかっています。
感情労働の構成要素
片山ら(2005)[4]は看護師91名を対象に、看護師の感情労働測定尺度を開発しました。因子分析の結果、感情労働には以下の5つの要素があることがわかりました。
探索的理解
医療従事者が患者の感情や状況を深く理解し、適切に対応しようとする姿勢のことです。相手の立場に立って考え、場面に応じた感情表現を探り、共感的な態度を持ち続けることが含まれます。
表層適応
表層適応は、医療従事者が実際の感情とは異なる感情を表面的に演じる行為のことです。例えば、何も感じていないようなふりをしたり、驚きや緊張を装ったりする項目が含まれています。
表出抑制
表出抑制は、医療従事者が自身の感情を意識的に抑制し、コントロールする能力のことです。具体的には、自分の気持ちを容易に表出しないよう気を引き締めることや、不安や怒りなどのネガティブな感情を隠すことが含まれます。
ケアの表現
ケアの表現は、医療従事者が意識的にケアを表現する方法のことです。具体的には、自分の口調、表情、ふるまいを意識的にコントロールし、それらを通じてケアを表現することが含まれます。また、患者との関係性に応じてケアの表し方を調整する能力も重要な要素です。
深層適応
深層適応は、医療従事者が内面の感情と表出する感情の違いを認識しながら、適切な感情表現を行う能力を表しています。実際に心で感じていることと異なる感情を表出する際に、その違いを自覚しながら行動することが含まれます。
感情労働とメリット,デメリット
私たちは仕事上、職場に適応しようと、表層演技、深層演技を少なからずしています。いつも無愛想では仕事にならないですからね。しかし、感情労働が過剰になり、長期化している方は注意が必要です。
表層演技、深層演技には限界があるのです。以下、感情労働のメリットとデメリットをまとめました。
メリット
デメリット
感情労働を減らす6つの方法
それでは感情労働はどのように対策していけば良いのでしょうか。具体的な対策は以下の6つです。
①感情労働に気がつく
②自分の感情を大事に
③ギャップは2割まで
④辛い感情を伝える
⑤プライベートは素の自分で
⑥会社の制度を作る
ご自身でも使えそうなものを組み合わせてご活用ください。
①感情労働に気がつく
感情労働を続けると、自分の感情がわからなくなることがあります。特に深層演技をしている方は、自分の感情に蓋をしているような状況なので、意識して自分の感情に気づくことが大切です。
具体的には、自分の感情や価値観を一歩引いた視点で観察する、メタ認知を高める必要があります。メタ認知力が高まると、深層演技に気がつき、ストレスをためる前に対策を立てることができます。具体的には、
自分を俯瞰してどんな感情があるか確認する
自分の感情を記録する日記を書く
精神的な疲れている場合は裏側にある考えを探る
などが大事になってきます。自分の感情に蓋をしがち…と感じる方は、以下のコラムを参照ください。
②自分の感情を大切にする
感情労働をしている自分に気がついたら、自分の感情を大事にしているか?チェックしてみましょう。もし大事にできていないと感じたら、以下のような考え方を取り入れてみてください。
私は感情を素直に表現する権利がある
私には大事にすべき感情がある
私はロボットではなく感情をもった人間である
このように自分の感情を大事にする意識は、心理学のアサーションという分野で高めることができます。感情労働が過剰になっている方は、以下のコラムで自分を大事にする姿勢を向上させていきましょう。
③ギャップは2割まで
感情労働になっているな…と感じる場合、
本当の感情と演技する感情のギャップは2割程度に抑える
ことをおすすめします。例えば、心が疲れているけど、仕事では笑顔にならなくてはならない…という状況の時は、「笑顔は2割増しでよい」と自分に語り掛けてあげてください。満面の笑みではなく、微笑み程度に抑えるようにしましょう。
以下練習問題を作成しました。興味がある方は展開してみてください。
④辛い感情を伝える
感情労働が辛い時は、話を聴いてくれそうな方に気持ちを打ち明けてみましょう。職場に一人でもあなたの心情の理解者がいるだけで、ずいぶん楽になるものです。
上司 同僚 部下 総務部の方 産業医
など、もっとも自分が打ち明けやすい人に、相談を持ち掛け、感情労働でストレスを溜めている旨を伝えると良いでしょう。伝え方としては、アイメッセージで
実は最近笑顔がしんどくなってきています…
落ち込んでいる時に無理に笑うと辛いです…
怒りたくない人に怒ると心が病んできます‥・
このように自分の気持ちを主語に伝えていくと良いでしょう。
可能であれば、感情労働についての理解を、周りにしてほしいものですが、一般的には浸透していない用語です。手前みそになりますが、当コラムを読んでもらうのも理解を促すうえで有効になるかもしれません。
⑤プライベートは素の自分で
仕事から離れたら、屈託のない自分でいられる場所を大事にしましょう。家族や友人の前では、気を使いすぎる必要はなく、あなたらしくいるように心がけてみてください。
もし、プライベートでも感情労働をしてしまっている…という場合には、素の自分でいられるコミュニティを探すようにしましょう。例えば、
趣味のサークル 大学の同級生 地元の仲間
などが挙げられます。コミュニティの探し方をより深く知りたい方は、下記をご覧ください。
⑥会社の制度を作る
最後は個人としてではなく、会社として取り組んで頂きたいことです。もしこのコラムを読んでいる方が、人事や経営者の方であれば、感情労働にならないような制度を作っていく意識を持ちましょう。例えば以下の施策が挙げられます。
産業カウンセリング制度 失恋休暇を作る ペットロス休暇を作る 感情労働勉強会 スマイルはゼロ電ではなく100円にする
などなど、会社ごとに感情労働についての知識を共有し、自分の会社にあった政策を是非作ってください。
仕上げの動画
感情労働について、動画も作成しました。仕上げとしてご活用ください。
まとめ
カウンセリングの現場では、日々感情労働をしてしまう方からの相談を頂きます。真面目で、協調性がある人ほど苦しんでいると感じます。、ご紹介した方法を活用して、ご自身のベストなバランスを保ってくださいね。皆さんが心身ともに健康に仕事をされることを願ってます。
しっかり身につけたい方へ
当コラムで紹介した方法は、現役経営者、公認心理師による講座で、たくさん練習することができます。内容は以下のとおりです。
・感情労働の予防,無理をしない
・自分の状態に気が付く,メタ認知練習
・辛い気持ちを伝える,アサーション
・ありのままの自分を大事にする練習
🔰体験受講🔰に興味がある方は下記の看板をクリックください。筆者も講師をしています(^^)
2件のコメント
コメントを残す
自分は、表層演技と深層演技を常にしている状態ですね。
ポジティブ感情表現をすることが多いですね。
本心とは異なる感情表現をすることが多いです。
上手く演技が出来ているのか不安に思うこともあります。
笑顔を2割増しぐらいにして、演技はほどほどにして、自分の感情を大事にして出来るだけ本音で会話をしたいと思いました。コラム監修
名前
川島達史
経歴
- 公認心理師
- 精神保健福祉士
- 目白大学大学院心理学研究科 修了
取材執筆活動など
- NHKあさイチ出演
- NHK天才テレビ君出演
- マイナビ出版 「嫌われる覚悟」岡山理科大 入試問題採用
- サンマーク出版「結局どうすればいい感じに雑談できる?」
YouTube→
Twitter→名前
長田洋和
経歴
- 帝京平成大学大学院臨床心理学研究科 教授
- 東京大学 博士 (保健学) 取得
- 公認心理師
- 臨床心理士
- 精神保健福祉士
取材執筆活動など
- 知的能力障害. 精神科臨床評価マニュアル
- うつ病と予防学的介入プログラム
- 日本版CU特性スクリーニング尺度開発
名前
亀井幹子
経歴
- 臨床心理士
- 公認心理師
- 早稲田大学大学院人間科学研究科 修了
- 精神科クリニック勤務
取材執筆活動など
- メディア・研究活動
- NHK偉人達の健康診断出演
- マインドフルネスと不眠症状の関連
・出典[1]Hochschild, Arlie Russell (1983). The managed heart: commercialization of human feeling. Berkeley: University of California Press.[2]A. R. ホックシールド(2000).石川准・室伏亜希(訳)管理される心―感情が商品になるとき―.世界思想社.[3]Hochschild, A. R. (1979). Emotion Work, Feeling Rules, and Social Structure. American Journal of Sociology, 85(3), 551-575.[4]片山由加里, 小笠原知枝, 辻ちえ, 井村香積, & 永山弘子. (2005). 看護師の感情労働測定尺度の開発 [Development of Emotional Labor Inventory for Nurses]. 日本看護科学会誌, 25(2), 20-27.[5]應戸麻美, & 大田明英. (2016). 病棟看護師の感情労働と職務満足度のポジティブな側面 [Positive aspects of emotional labor and job satisfaction among ward nurses]. バイオメディカル・ファジィ・システム学会誌, 18(2), 23-30.[6]荻野 佳代子,瀧ヶ崎 隆司,稲木 康一郎(2004).対人援助職における感情労働がバーンアウトおよびストレスに与える影響 The Japanese Journal of Psychology , Vol. 75, No. 4, 371-377
私は辛い気持ちの時も、深層演技をしていることが多いです。プライベートでは、自分の感情を大切にしたいとおもいます。