モラトリアム期間の意味と抜け出す方法
皆さんこんにちは。心理学講座を開催している公認心理師の川島達史です。今回は「モラトリアム期間を抜け出す方法」についてご相談を頂きました。
相談者
26歳 男性 フリーター
お悩みの内容
私は大学卒業後、一度正社員になったのですが、仕事にやりがいを感じられず半年でやめてしまいました。その後は3年近くフリーターとして生計を立てています。
アルバイトは気楽なのですが、やはり手に職が就かないので不安になります。かといってやりたいこともなく、ダラダラと時間が過ぎていく感覚があります。
やりたいことを見つけて充実した日々を取り戻したいです。どうすればいいでしょうか。
時間がなんとなく過ぎてしまうのは、辛いですね。相談者の方、心理学的に「モラトリアム期間」にあると言えます。当コラムではモラトリアム期間の理解と、改善策を提案させて頂きます。ご自身に合いそうなものを日々の生活の中に取り入れてみてください。
モラトリアム期間の意味
まずはじめにモラトリアム期間の意味を理解していきましょう。
モラトリアムの意味
モラトリアムは以下の意味があります。
能力がまだ十分に発揮していない青年が、社会に対して一定の距離を置いている状況。この時期に青年は生きるために働くのではなく、自由な精神で修行や役割実験に取り組むことができる
(心理学辞典,1999,一部簡略化)[1]
このようにモラトリアム期間は、「やりたいことが見つからない状態で、自分と向き合う期間」として使われています。
当初は学生の職業選択に対して使われることが多かったのですが、現代社会では、独立、結婚、子育て、などジャンルを問わず生涯にわたって使われる言葉になっています。
モラトリアムの語源
モラトリアムは元々経済用語でした。経済用語のモラトリアムとは、法令に基づき、債務の返済について一定期間猶予することを指します。経済危機や自然災害などの非常事態が発生した際に、金融機関の破綻や預金取り付けを防ぐために設けられる制度です。政府が主導し、債務の返済猶予や預金引き出し制限などを期間を設けて実施します。
これが語源となって、現在では心理学の分野でも用いられるようになりました。
エリクソンとモラトリアム
1959年[2]になると、心理学者のエリクソン(Erikson, E.H.) が心の発達を論ずる中で、「心理・性的モラトリアム」「心理・社会的モラトリアム」という言葉を使い始めました。「心理・性的モラトリアム」は、大人になる準備期間で、現代では、学生時代に社会に心を成長させる時期と言えます。
一方でいざ私たちは、形上大人になって、社会に出たとしても、まだまだ「やりたいこと」「大人のとしての自覚」があるわけではありません。まだ子供っぽさを残しつつ、人生をどう生きるか模索していきます。この時期を、エリクソンは「心理・社会的モラトリアム」と名付けました(小川,2014)[3]。
日本での広がり
1978になると、精神科医の小此木啓吾が「モラトリアム人間の時代」[4]を書き、日本でも有名になりました。1990年代に入ると、バブル経済崩壊後の不況が長期化し、就職難や派遣切りなどが深刻化しました。こうした状況下で、モラトリアム状態に陥る若者が増加し、社会問題としてさらに注目を集めるようになりました。
2000年代以降は、インターネットの普及や社会構造の変化により、従来のモラトリアム人間の概念では捉えきれない新しいタイプのモラトリアム人間も出現しています。例えば、フリーランスや起業家など、自分でキャリアを築いていく生き方を選択する人が増え、必ずしも社会的な成功や安定を求めないライフスタイルも一般的になっています。
5つの特徴
下山(1992)[5] によると、モラトリアムは以下の5つの特徴があることがわかっています。
1.回避
将来的な展望がなく、決定に対して無気力で回避しがちになります。就職活動の時期になっても、情報サイトを見ない、友人と遊び惚けるなどして、考えることを放棄します。
2.拡散
決定の意欲はあるものの、一貫性がなく、方向性がブレてしまい、心理的に不安定な状態になりやすくなります。興味の対象がコロコロ変わるのも特徴です。
3.安易
とりあえずは何かに取り組んでいるものの、真剣に向き合っていない状態です。自分で考えた末の決定ではなく、とりあえず良さそうな仕事だから…とりあえず告白されたから付き合う…など、受動的な選択をしてしまいます。
4.延期
選択を先延ばしします。わざと留年する、とりあえずフリーターになってやりたいことを探す、プロポーズを先延ばしにする、などが挙げられます。
5.模索
自主的に選択に取り組み、社会的な責任を果たす努力をし、モラトリアムから脱却しようとしている状態です。積極的に自分に適した仕事、パートナーを模索するのが特徴です。
モラトリアムにも様々なパターンがあり、それぞれの強さによって行動も変わってきます。積極的に将来を模索する人もいれば、完全に放棄してしまう人もいるので、自分にあった傾向を考えておきましょう。
確立と拡散を繰返す
モラトリアム期間中に、私たちは人生と向き合い、試行錯誤していきます。心が整理されていくと、次第に目標が定まってきます。
福祉の分野で一人前になる
スポーツトレーナーになる
家庭を築くために婚活する
目標が定まった状態を「アイデンティティの確立」と言います。岡本(1995)[6]は、アイデンティティ形成のプロセスは、拡散と達成を繰り返すことを指摘しています。
アイデンティティが拡散している時期は、何をしていいかわからない、価値観を模索する時期なので、モラトリアムになりやすいと言えます。
私たちは人生を通して、アイデンティティ確立とモラトリアムを繰り返し、最後は自分の人生を統合していくと考えられています。アイデンティティ確立について理解を深めたい方は下記を参照ください。
モラトリアム期間と心理
モラトリアム期間については様々な研究がなされています。
職業決定への影響
下山(1992)[5]は大学生369名を対象にモラトリアムについて調査を行いました。その結果、モラトリアムには、「回避」「模索」の構成要素があることがわかりました。さらに下山は、職業決定との関係について調査を行いました。その結果の一部が下図となります。
上図は、回避、模索傾向が高くなると、職業設定をしにくいことを意味しています。モラトリアム期間は、自分がやりたいことを考える時期なので、仕事を早々に決定することを避けることにつながると言えます。
自尊心との関係
石田(2001)[7]は職業についている成人男女150名に対してモラトリアムに関連する調査を行いました。その結果の一部が下図となります。
こちらの図は、モラトリアム期間に起こる、職業選択に猶予を持ちたいと感じているグループは、猶予は必要ないと感じているグループよりも、自尊心が低いことを意味しています。モラトリアム期間が長引く人は、自尊心が低下していることが推測されます。
充実感との関係
大野(1984)[8]は、短期大学生160名を対象に「充実感」と「アイデンティティ確立」の関連を研究しました。
緑色の拡散グループは充実感が低く、黄色の達成型は高いことがわかります。モラトリアム期間は、何をすればいいかわからず、もやもやを抱えながら生活することになるので、充実感を感じにくいことが推測されます。
モラトリアムの5つの過ごし方
ここまで解説した通り、モラトリアム期間は人生の充電期間ととして大切な時期となります。そこで当コラムでは、モラトリアム期間を活かすアイデアを5つお伝えします。
①自分と向き合う時間をとる
②考えたことを記録する
③メタ認知力をつける
④とりあえずやってみる
⑤期限を決める
①自分と向き合う時間をとる
モラトリアム期間が長期化する人の特徴として顕著なのが、そもそも考えないことが習慣になっているという点です。
1日中、ゲームをする
テレビをひたすら見る
SNSをひたすら眺める
YOUTUBEを見続ける
このような受動的な過ごし方では、モラトリアムはいつまでも続いてしまいます。
モラトリアム期間は、答えのない答えを見つける期間です。自分は何をしたいのか?これは誰かが教えてくれるわけではありません。そのためには自分と向き合い、考える時間が必要です。
休日は1時間、喫茶店で心を整理する
寝る前の10分は自分と向き合う時間にする
連休の1日は考え事をする
など、自分と向き合う時間を確保するようにしましょう。
②考えたことを記録する
自分と向き合う時にオススメなのが、日記やブログを書くことです。文字のいいところは、思考が可視化され、積み重なっていく点にあります。日記を日々書いて、見直すことで、考えを先に先に進めていくことができます。
日記を書く際は、何に書くかをまずは決めましょう。
気に入ったデザインの日記帳を買う
大学ノートに毎日書く
スマホのアプリに記録する
ブログに書いて公表する
など、モチベーションがあがる手段を確保しましょう。日々の日常を綴りながら、自分の価値観をじっくり見つめなおしてみてください。
③メタ認知力をつける
モラトリアムを脱するには、メタ認知力をつけることがとても大事です。メタ認知には「メタ」「認知」という言葉があります。分解して考えてみましょう。
「メタ(meta)」には、
高次の、超えた、という意味があります。
「認知(cognition)」には、
考える、評価するという意味があります。
これらをまとめるとメタ認知は
考えることをさらに考える
と言い換えることができます。モラトリアムを脱するには、表面的ではなく、自分は何を考えているのかをしっかりと分析する必要があるのです。
メタ認知力をつける1つのやり方として、ソクラテス式問答方があります。ソクラテス式問答法では、「なぜ」を繰り返しながら、深い思考を探っていく手法です。例えば以下のように行っていきます。
私は今の仕事にやりがいを感じない
↓なぜ感じないのか↓
人と関わることがなく孤独だからだ
↓なぜ孤独だとやりがいを感じないのか↓
孤独だと喜びを共有できないからだ
↓なぜ喜びをしなくてはならないのか↓
1日中、ただ機械のように仕事をしていると
人生がむなしいものに感じるからだ
このように、自分の中でのもやもやを、なぜという用語を使いながら整理していきます。これは結構大変です(^^; ですが、この作業抜きに自分の深い部分の理解はできないと言えます。先程挙げた日記を土台として、時間をかけて考えてみてください。メタ認知力を鍛えたい方は以下を参照ください。
④体験を増やす
長期化するのが当たり前
モラトリアム期間を抜け出すには、数年かかるのが普通です。とても長い期間ですので、考えるだけでなく、様々な体験をすることがとても大事です。
そもそも情報が少ない中でやりたいことを見つけようというのは、土台無理な話です。例えば、幼い子供に将来何をしたいか?と聞くと、ケーキ屋さん、パン屋さん、スポーツ選手ぐらいの発想しかできないのです。本当にやりたいことを見つけるには、どのような生き方があるのか?その世界を広げていくことが大切になります。
とりあえず…でOK!
その意味で、モラトリアム期間だからと言って、まったく行動しないことはオススメできません。むしろ「とりあえず」の精神で行動していくことを意識しましょう。
とりあえずバイトをする、とりあえず気になった勉強をはじめる、とりあえず?恋愛してみる(お相手の方ごめんなさい!)、こんな精神でもOKです。そうして行動して、またその行動の中で、自問自答していくと次第にやりたいことを見つけやすくなるのです。
最初は、興味がない仕事だったけど、知っていくうちに楽しくなってきた!という例はたくさんあります。最初から完璧なやりがいを求めず、まずは体験してみることを大切にしましょう。
⑤期限を決める
期限を設定しよう
最後に、モラトリアムの終わりの期限を設定しましょう。私たちの人生は答えがありません。
本当にやりたいこと
本当に自分にあった仕事
本当に自分を愛してくれる人など
これらの完璧な回答がわかるまで決断を先延ばしにすると、人生の貴重な時間があっという間に過ぎてしまいます。その意味で、私たちは現実と折り合いをつけて、それなりに納得できる回答を見つけたら、モラトリアム期間を終わりにしなければなりません。
あと半年は仕事を選びをして
その後はスパッと就職する!
あと半年で付き合った彼女と結婚を決める
留学しようか長年迷っていたが
28歳までには必ず留学する
このように思い切った期限設定も大事です。
まとめ
現代では、自分の将来を1つに決めるということは、現実的になかなか難しい作業であることも多いのではないかと思います。
「この仕事で生きていく」と決めた仕事が、突然続けられなくなってしまうことは、少なくないのではないかと思います。ある統計では現在の仕事の50%は、AIの台頭により将来なくなるともいわれています。
大倉(2011)[9]は、現代のアイデンティティを確立した人間とは、いろんな可能性を残しながらも主体的に生きていける「成熟したモラトリアム人間」としてのあり方を説いています。
具体的にいうと、今の仕事を熱心に取り組む。しかし、定年まで勤められる保証はない。万が一のために転職できるよう準備をしているとか、資格を取るための勉強をしているとか、そんなところでしょうか。
色々お話ししてきましたが、あなた自身がアイデンティティを柔軟に再構築できる力があり、充実感のある毎日を過ごせていれば、なんでもありというところなのではないでしょうか。
それが現代的なモラトリアムへの対処法と言えるかもしれません。
しっかり身につけたい方へ
当コラムで紹介した方法は、公認心理師による講座で、たくさん練習することができます。内容は以下のとおりです。
・モラトリアムを抜け出す,目標設定
・ライフチャート法で人生の意味を見出す
・なりたい自分を見つける,アイデンティティワーク
・期限を決める,決断力をつける
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6件のコメント
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今まさに自分の置かれている状況がモラトリアムと気づきました
分るようなことでも言われる事でハっとなります
他にも同じような人がいることを知って安心もできました
このような指針を文章として書いて頂きありがとうございました!自分の今の状態をとても分かりやすく解説して下さり、私一人だけじゃないんだ… と心強くなり、心がほっとしました。
ありがとうございます!ありがとうございます
コラム監修
名前
川島達史
経歴
- 公認心理師
- 精神保健福祉士
- 目白大学大学院心理学研究科 修了
取材執筆活動など
- NHKあさイチ出演
- NHK天才テレビ君出演
- マイナビ出版 「嫌われる覚悟」岡山理科大 入試問題採用
- サンマーク出版「結局どうすればいい感じに雑談できる?」
YouTube→
Twitter→名前
長田洋和
経歴
- 帝京平成大学大学院臨床心理学研究科 教授
- 東京大学 博士 (保健学) 取得
- 公認心理師
- 臨床心理士
- 精神保健福祉士
取材執筆活動など
- 知的能力障害. 精神科臨床評価マニュアル
- うつ病と予防学的介入プログラム
- 日本版CU特性スクリーニング尺度開発
名前
亀井幹子
経歴
- 臨床心理士
- 公認心理師
- 早稲田大学大学院人間科学研究科 修了
- 精神科クリニック勤務
取材執筆活動など
- メディア・研究活動
- NHK偉人達の健康診断出演
- マインドフルネスと不眠症状の関連
・出典[2]Erikson(1959).Identity and the Life Cycle. New York[3]小川豊武(2014).若者言説はいかにして可能になっているのか ―心理学的知としての「モラトリアム」の概念分析― 年報社会学論集27号 37‒48頁[4]小此木 啓吾 (1978). モラトリアム人間の時代 中央公論社[5]下山晴彦 (教育心理学研究 40 巻 2 号[6]岡本祐子(1994).成人期における自我同一性の発達過程とその要因に関する研究 風間書房[7]石田亮一(2001).職業的モラトリアムに関する研究 日本青年心理学会大会発表論文集[8]大野久(1987). 女子短大生における充実感と同一性地位との関係 新潟青陵女子短期大学研究報告 第17号[9]大倉得史(2011).「語り合い」のアイデンティティ心理学 京都大学学術出版会
中学生です。もうどうでもいいと思うようになってしまい、みんなが笑っているのに何も感じれずそのことを友だちに気づかれるのが面倒くさくてで無理してみんなに合わせてました。何も考えたくない動きたくない、と思うようになり、全部壊れてしまえと最近思い続けてました。ですがこの記事を見て他にも同じ人がいると知り、もう少し頑張ろうと思えました。