社交不安障害と心理療法③認知の歪み,心の読みすぎ癖,べき思考の改善
こんにちは、社交不安症専門カウンセラーの公認心理師、川島達史です。この記事では社交不安症をお持ちの方向けに心理療法を8回に分けて紹介していきます。前回までに社交不安症の基礎知識と認知療法の基本的な取り組み方について解説してきました。今回は3回目となり、認知療法を実践的に使うとどうなるのかという視点で解説していきます。
全体のシリーズの目次としては以下の通りです。
①.社交不安症の基礎知識
②.認知療法‐考え方の柔軟性
③.認知療法‐認知の歪みの改善
④.行動療法-段階的な挑戦
⑤.マインドフルネス療法
⑥.森田療法,対人恐怖の治療
⑦.ソーシャルスキルトレーニングの基礎
⑧.アサーション,主張の技術
特に今回は社交不安症の方によく見られる「選択的知覚」「心の読みすぎ癖」「べき思考」をしっかり扱っていきます。この3つの思考パターンは社交不安症を改善する上で極めて重要ですので、是非最後までご覧ください。
なお、当コラムは動画でも解説しています。コラムの補助としてご活用ください。
選択的知覚とは?
まずは選択的知覚から見ていきましょう。
選択的知覚とは?
選択的知覚(セレクティブパーセプション)とは、様々な情報の中から自分の信念に一致する情報だけに過剰に注目してしまう心の癖です。
私たちは生きていく中で様々な情報に触れますが、その中から自分の人生に非常に重要だと思うものだけをピックアップし続けて過剰に注目してしまうのが選択的知覚です。
人間関係で考えると
人間関係で考えてみると、人間関係には晴れの日もあれば天気が悪い日もあります。友達と楽しくおしゃべりしている時もあれば、周りに馬鹿にされてしまったり、仕事仲間に恵まれていると思ったら厳しく当たってくる上司と出会ってしまったりすることもあります。
一方、社交不安症の方は人間関係の負の側面ばかりに注目してしまいます。天気で例えると、
人間関係は嵐ばかりだ
台風がよく来る
雷ばかり
良いことがない
というように考えてしまいます。意見の食い違いで喧嘩をした、悪口を言われた、メールが返ってこなくて寂しい思いをした、といったネガティブな体験に注目し続け、人間関係は悪い出来事ばかり起こると確信を深めていきます。
私自身も様々な人と接する仕事をしていますが、いつも良いことばかりではなく、「嵐の日」も時にはあります。健康的な人であれば、「人間関係は良い時もあれば悪い時もある」という形で全体を見て、人間関係は辛いこともあるけど楽しいこともたくさんあると捉えることも可能です。
選択的知覚の改善例
ここで認知療法を使いながら、選択的知覚が強い場合にどのように改善すればよいか考えてみましょう。
状況
B子には友人のA子さんがいる
友人のA子さんと1時間会話
A子さんが身長の低さを1度からかってきた
B子は怒りや劣等感、対人不安を覚えた
認知療法では、このような怒りや劣等感の裏側には何らかの考え方があると推測します。そして女性は自分と向き合った結果、次のような考え方があることに気づきました。
A子は私の身長をいつも馬鹿にしている
A子は私を下にみているに違いない
身長が低い私はみんなから馬鹿にされる
と思っていました。本来は1度しかからかわれていないのに、「いつも馬鹿にされている」と感じていたのです。また、1回しか言われていないにもかかわらず、その事実に着目して「A子は私を下に見ているに違いない」という確信を深めていました。
さらに「身長が低い人は馬鹿にされる」という思い込みから、インターネットで「身長が低い」というワードを検索し続け、その結果「身長が低い私はみんなから馬鹿にされている」という情報ばかりを集めて確信を深めていきました。
選択的知覚への対処法
認知療法ではこのような認知の偏りがある時に、以下のように健康的な思考を増やしていきます。
現実検討
「A子は私の身長をいつも馬鹿にしている」
何回A子は身長について言ったのかな
と確率計算をしてみる
⇒「100回会った中で身長をからかってきたのは1回だけ」
反証
「A子は私を下に見ているに違いない」
矛盾する事実を探す
⇒「A子は私の仕事ぶりをいつも尊敬していると言ってくれる」
メリットを考える
「身長が低い私はみんなから馬鹿にされる」
・威圧感がなく親しみがある
・若々しく見える
・成人病になりにくい
⇒「低身長なだけで馬鹿にする人は稀だ」
選択的知覚が刺激されていると負の側面ばかり注目してしまいますが、その対抗として長所の面もたくさん考えていくと思い込みがほぐれていきます。
効果の確認
このように広い視野で考えていくと感情がほぐれていきます。
例えば、
怒り70%⇒40%
劣等感80%⇒50%
対人不安80%⇒40%
といった具合にネガティブ感情が減っていきます。ここまでの認知療法をシリーズの2回目で紹介したコラム法の図にすると以下のようになります。
感情は0にする必要はありません。ある程度軽くなったと感じたら、考え方の追加が効いている証拠になります。その考え方を大事にしながら自分の感情を少し穏やかにしていけるといいでしょう。
心の読みすぎ癖とは?
次に心の読みすぎ癖についてみていきましょう。
心の読みすぎ癖とは?
次はです。これは相手の気持ちを深読みしすぎて恐怖心を増幅させ、疑心暗鬼になってしまう心の癖です。 心の読みすぎ癖は社交不安症の方がほぼ全員持っているといっても過言ではありません。
社交不安症イコール心の読みすぎ癖があるというのが前提になるくらい重要な思考の偏りです。心の読みすぎ癖を改善することが社交不安症改善の第一歩と言えるほど重要です。
心の読みすぎ癖の具体例
もう少し具体的に説明すると、例えば2人で会話している時に、
「相手に何か失礼なことを言ってしまったかもしれない」
「相手がつまらないと思っているかもしれない」
「きっと早く帰りたいんだ」
といった考え方が頭の中をぐるぐる回る方は、心の読みすぎ癖が強い可能性が高いです。
公的自己意識と私的自己意識
心の読みすぎ癖は主に公的自己意識と関係しています。公的自己意識は周りの目を気にする意識です。一方で、私的自己意識は自分の気持ちに集中する意識です。例えば、2人で食事している時ではそれぞれ以下の思考が湧きます。
公的自己意識
「相手から自分の食べ方が汚いと思われていないかな」
「マナーよく食べられているかな」
私的自己意識
「このお肉美味しいな」
「このデザート美味しいな」
このように相手の気持ちを読んでしまうのは公的自己意識が強いためです。
実際に趙ら(2009)の研究では、日本人大学生213名と韓国の大学生234名を対象に公的自己意識と対人不安の関係を調査しました。その結果が以下のグラフです。
このように公的自己意識が強く、かつ自信が低い人ほど対人不安が強くなることがわかりました。 つまり、公的自己意識を少し緩めて自分の気持ちに集中する練習をしたり、全体として自分自身に自信をつけていくことが心の読みすぎ癖を改善する上で大切です。
心の読みすぎ癖の改善例
ここで認知療法を使いながら、選択的知覚が強い場合にどのように改善すればよいか考えてみましょう。
状況
C男は会議で10分間プレゼンを行った
プレゼン中に緊張で赤面してしまった
数人の同僚がくすっと笑った
C男は絶望感や強い対人不安を感じた
さらにガタガタ震えてしまった
もう誰とも会いたくないという感覚になった
認知療法では、このような絶望感や対人不安の裏側には何らかの考え方があると推測します。そしてC男は自分と向き合った結果、次のような考え方があることに気づきました。
「赤くなった私をみんな面白がっている」
「みんな私を情けないと思っている」
「仕事での評価が下がったに違いない」
と思っていました。
本来は数人しか笑っていなかったのに、「みんなが面白がっている」と感じていたのです。また、客観的事実以上に、「みんなが私を情けないと思っている」という確信を深めていました。
さらに、自分の中で「人前で赤面するようなやつは仕事も任せられないと思われている」とどんどん相手の気持ちを深堀りして想像し、確信を強めていきました。
心の読みすぎ癖への対処法
認知療法では、このような認知の偏りがある時に、以下のように健康的な思考を増やしていきます。
現実検討
「赤くなった私をみんな面白がっている」
何人が実際に笑っていたのかを確率計算してみる
⇒「会議室にいた30人中笑っていたのは3人だけで約10%」
視点の転換
「みんな私を情けないと思っている」
公的自己意識から私的自己意識へ切り替える
⇒「まぁ自分が伝えたい内容や気持ちに集中しよう」
反証
「仕事での評価が下がったに違いない」
矛盾する事実を探す
⇒「その後、上司は重要な仕事を私に頼んできた」
社交不安が強い方は他者からの評価を過度に気にすることで不安が増幅しますが、私的自己意識に切り替えて「自分が思っていることに集中して、この思いをみんなに届けよう」という形で自分の気持ちをベースに話していくことで、不安を和らげることができます。
効果の確認
このように様々な角度からそれを検証してみたり、矛盾を発見してみたりすると心の読みすぎ癖が和らいてできます。また、私的自己意識の考え方を追加することも有効です。以下ここまでの認知療法をコラム法で記入したものです。
その結果、絶望感が減って30%になったり、対人不安もある程度肩の力が抜けて60%に改善されたりします。気持ちが少し楽になったと感じたら、うまくいっている証拠なので、考え方は今後も使っていくといいでしょう。
べき思考とは?
次に「べき思考」についてみていきましょう。
心の読みすぎ癖とは?
英語では「Should Statements」と言います。これは「〜しなければいけない」「〜すべきではない」と過剰に考えてしまうことを指します。
社交不安症の方で例えると「嫌われてはいけない」「迷惑をかけてはいけない」「恥をかいてはならない」というように過剰に考える心の癖になります。
べき思考が強い方は人間関係で疲弊しやすく、集団の会話で不安になりやすいことがわかっています。 「べきべきべき」と考えると交感神経が優位になって集中力がアップするというメリットはありますが、一方で考えすぎると恐怖心がどんどん膨らんでいってしまうので注意が必要です。
べき思考の2種類
べき思考には実は2種類あります。
失敗回避型
「〜してはいけない」という感覚のべき思考です。例えば100点満点のテストで80点を目指している時に「20点ミスってはいけない」という形でミスに注目しつつべきという言葉を使います。「失敗してはいけない」「迷惑をかけてはいけない」といったネガティブなことをしてはいけないという意味でのべき思考です。
高目標設定型
目標を前向きに考えて「べき」という言葉を使います。例えばテストの例で言うと「80点しっかり点を取っていこう」というべき思考です。「失敗してはいけない」ではなく「こういった行動をしっかりとしていこう」という形で成功に目を向けたべき思考です。
マイナスに目を向けたべき思考はネガティブな気持ちになりやすく、高目標設定型のべき思考は自分のやる気を高めたりメンタルヘルスを前向きなものにしていくことがわかっています。そこネガティブなべき思考⇒高前向きなべき思考へ言い換えていくことが認知療法では大切になります。
べき思考の言い換え例
言い換えの具体例は以下の通りです。
「沈黙になってはならない」
(ネガティブなべき思考)
→「相手に楽しんでもらえる話題を提供しよう」
(前向きなべき思考)
・
「会話で緊張が漏れてはいけない」
(ネガティブなべき思考)
→「緊張しながらでもできる範囲で会話に参加しよう」
(前向きなべき思考)
結果的には会話を弾ませることが目標ですが、「沈黙になってはいけない」と考えると辛くなってしまいます。
しかし「自分の話題で楽しんでもらおう」と考えると比較的楽しく会話できます。基本的に同じ目標でも言い方を前向きにするだけで対人不安がかなり軽くなってきますので、ネガティブなべき思考ではなく前向きなべき思考に変えていくことを意識してみてください。
べき思考の改善例
最後に事例で考えてみましょう。
状況
D男は新しい習い事に参加することになった
初対面の人と話すことになる
参加する1時間前になると、
・緊張が80%
・対人恐怖が70%
と非常に強くなった
「逃げたい」
「新しいところには行きたくない」
という気持ちに襲われた
認知療法ではこの緊張や対人恐怖の裏側にある考え方を探ります。自分とじっくり向き合った結果、以下のような考え方があることがわかりました。
「初対面で恥をかくべきではない」
「印象を悪く見られてはいけない」
「緊張がバレて弱々しいと思われてはいけない」
こういった「べき思考」があると、人と話す時に緊張が高まったり恐怖心が芽生えてくるのも仕方がありません。
べき思考への対処法
認知療法では、このような認知の偏りがある時に、以下のように健康的な思考を増やしていきます。
現実検討
「初対面で恥をかくべきではない」
恥をかくこと自体に善悪があるのか考える
⇒「恥ずかしくてもいいじゃないか。
恥をかいてはいけないと誰が決めたわけでもない」
視点の転換
「印象を悪く見られてはいけない」
完璧主義から現実的な目標設定へ
⇒「完璧じゃなくていいからできる範囲でやってみよう。
名前と住所の話題で1分程度話せるといいな」
反証
「緊張がバレて弱々しいと思われてはいけない」
一般的な事実や経験則を思い出す
⇒「初対面では多少は緊張するものだ。
初対面で緊張しない人のほうが珍しい」
社交不安が強い方は他者からの評価を過度に気にすることで不安が増幅しますが、失敗回避型のべき思考から高目標設定型のべき思考に切り替えることで、「緊張しないといけない」ではなく「緊張しながらでもできることをやってみよう」という形で自分の気持ちをベースに行動していくことで、不安を和らげることができます。
効果の確認
ここまでの内容をコラム法に記入したものが以下の図です。
このように考え方を追加していくと、緊張が80%から50%に、対人恐怖が70%から40%くらいに減ったとしたら、追加した考えが効果的だといえます。人と新しく話す時にこのような考え方を大事にしながら様々な場所に出かけていくことが重要です。
次回のコラムへ進む
前回と今回にわたって認知療法の基礎について練習してきました。次回は行動療法について解説をしていきます。行動療法は社交不安の小さい状況から徐々に克服していく方法です。社交不安症や対人恐怖でお悩みの方は、ぜひ本シリーズを参考にしてください。
①.社交不安症の基礎知識
②.認知療法‐考え方の柔軟性
③.認知療法‐認知の歪みの改善
④.行動療法-段階的な挑戦 次回はこちら
⑤.マインドフルネス療法
⑥.森田療法,対人恐怖の治療
⑦.ソーシャルスキルトレーニングの基礎
⑧.アサーション,主張の技術
カウンセリングのご案内
筆者は社交不安症専門のカウンセリングも行っています。一人での改善が難しいと感じる方は、ぜひお力になりたいと思います。まずは初回のアセスメントから、お気軽にご相談ください。
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コラム監修
名前
川島達史
経歴
- 公認心理師
- 精神保健福祉士
- 目白大学大学院心理学研究科 修了
取材執筆活動など
- NHKあさイチ出演
- NHK天才テレビ君出演
- マイナビ出版 「嫌われる覚悟」岡山理科大 入試問題採用
- サンマーク出版「結局どうすればいい感じに雑談できる?」
YouTube→
Twitter→

名前
長田洋和
経歴
- 帝京平成大学大学院臨床心理学研究科 教授
- 東京大学 博士 (保健学) 取得
- 公認心理師
- 臨床心理士
- 精神保健福祉士
取材執筆活動など
- 知的能力障害. 精神科臨床評価マニュアル
- うつ病と予防学的介入プログラム
- 日本版CU特性スクリーニング尺度開発

名前
亀井幹子
経歴
- 臨床心理士
- 公認心理師
- 早稲田大学大学院人間科学研究科 修了
- 精神科クリニック勤務
取材執筆活動など
- メディア・研究活動
- NHK偉人達の健康診断出演
- マインドフルネスと不眠症状の関連
趙善英・松本芳之・木村裕 (2009). 公的自己意識と対人不安,自己顕示性の関係への自尊感情の調節効果の日韓比較. 心理学研究, 80, 313-320.