社交不安症(障害)と心理療法⑥森田療法を活かす,あるがまま,目的本位とは
こんにちは、社交不安症専門カウンセラーの川島です。このコンテンツでは社交不安症の方に特化した心理療法について8回にわたってお伝えしています。今回は森田療法について深掘りしていきます。シリーズの全体の目次は以下の通りです。
①.社交不安症の基礎知識
②.認知療法‐考え方の柔軟性
③.認知療法‐認知の歪みの改善
④.行動療法-段階的な挑戦
⑤.マインドフルネス療法
⑥.森田療法,対人恐怖の治療
⑦.ソーシャルスキルトレーニングの基礎
⑧.アサーション,主張の技術
今回紹介する森田療法は、元社交不安症の私にとって非常に思い入れの深い心理療法です。様々な心理療法がありますが、「どの心理療法が一番人生を変えましたか?」と聞かれたら、私は「おそらく森田療法です」と答えるほど、自分に非常にフィットした心理療法でした。
森田療法が適切かどうかは個人差がありますが、少なくとも社交不安症の方にはとても大きなヒントが得られる心理療法だと思います。ぜひ最後までご覧ください。
なお、当コラムは動画でも解説しています。コラムの補助としてご活用ください。
森田療法の概要
それでは森田療法はどのような心理療法なのでしょうか?
森田療法とは?
森田療法は1920年頃に生まれた心理療法で、高知県出身の森田正馬によって提唱されました。1920年に提唱されてから約100年が経ちますが、今でも多くの人に親しまれている心理療法です。
森田療法が最初に実施されていた当時は、「神経衰弱」の方向けに行われていた心理療法でした。「神経衰弱」という言葉は、心が弱っている人を全般的に指す言葉です。森田療法が作られた当初は、今ほど心の病気が細かく分類されていなかった時代だったため、誰でも使えるような比較的分かりやすいものが必要とされていました。
社交不安症との相性〇
森田療法は細かいことを言わず、ざっくりとした心理療法になっています。
例えば、
対人恐怖症(現在の社交不安症)
不安障害
パニック障害
強迫神経症
など症状に効果的とされています。特に対人恐怖症(社交不安症)との相性が良いと言われており、私自身もこの森田療法に大変救われた経験があります。
現在では森田療法の考え方や生き方を学んで、日常生活に生かしていくというのが中心になっています。
精神交互作用とは
今回は、以下の森田療法の中でも重要なワードを紹介しながら、必要なエッセンスを解説していきます。
精神交互作用
気分本位
目的本位あるがまま
恐怖突入
ここではまず精神交互作用というワードから解説していきます。
精神交互作用とは?
精神交互作用とは、
不快な感情や感覚を排除しようとすればするほど、その感情や感覚が強くなっていく
という心の性質を意味します。この点について、具体的な事例を通して説明していきましょう。
例えば、人前で話さなければならない場面を想像してください。ピアノの発表会や会社でのスピーチ、学生で
あればゼミでの発表など、人生で何度か訪れる機会があると思います。この時、発表直前に緊張が襲ってきたとします。
というように自分の緊張に注目していくと、より緊張が高まっていきます。
皆さんも人生で何度か経験があると思いますが、自分の症状やドキドキに注意を向ければ向けるほど、そのドキドキに集中していってより興奮状態になります。
緊張にこだわるほど緊張する
人間の神経には交感神経と副交感神経があり、交感神経は体を興奮状態・戦闘状態に持っていく神経です。緊張の有無に過度にこだわることで、「これをなんとかしなきゃ」という気持ちになり、より興奮系の神経が高ぶっていきます。すると緊張はまったく収まらず、どんどんドキドキしてきてしまいます。
このように緊張に集中していくと、
という形で緊張がどんどん悪化してしまいます。本当は緊張がなくなってほしいはずなのに、緊張に集中すればするほど症状が悪化してしまう—これが精神交互作用の基本的な考え方です。
精神交互作用というワードは非常に重要なワードですので、ぜひ覚えておいてください。
気分本位と目的本位
次に気分本位と目的本位というワードについて見ていきましょう。
気分本位と目的本位
気分本位とは、感情に沿って行動が変化してしまう姿勢のことです。自分が行動するかどうかが、不安、恐怖心、楽しい、嬉しい、安心感があるかなどの感情によって決まってくる状態を指します。
一方で「目的本位」とは、感情ではなく、自分がどんなことをしたいのか、何を成し遂げたいのかという目的に沿って行動していく姿勢のことです。
具体例-企画の発表
具体的な事例で説明しましょう。ある男性が会議で自分が考えた企画を発表したいという目的を持っているとします。一方で、この男性は社交不安の傾向があり、「失敗したらどうしよう、不安だ」と人前で話すことに対して負の感情を覚えやすい傾向があります。
目的本位
この時、目的本位で行動できる人というのは、「失敗したらどうしよう、不安だ」という感情と付き合いつつも、目的である「発表する」ということを重視して行動できます。
「失敗したらどうしよう、不安だ、そういった気持ちはあるな。しょうがないな。自分は社交不安症だし、こういった気持ちを持つのはしょうがないことだ。ただ、その上で自分が本当に今何をすべきかというと、これはやっぱり会議で発表することだ」
ということをしっかりと確認して、負の感情(不安感や恐怖心)とは折り合いをつけつつ、緊張しながらもどうにか発表していくのが目的本位な生き方です。
気分本位
一方で「失敗したらどうしよう、不安だ」という負の感情があった時に、
「やっぱり失敗するのが不安だから発表をやめよう」
という形で、自分の負の感情に沿って行動が決まってしまう状態は、気分本位な生き方と言えます。
具体例-恋人を作る
他の例でも考えてみましょう。例えば、「今年の夏までに彼氏・彼女を作る」という目標を立てたとします。そのためには、出会いの場に行く必要があります。そこで婚活パーティーに申し込んだとします。
いざ会場に向かうとなると、おそらく不安感が出てくると思います。社交不安症の方であれば、人の2倍、3倍の恐怖心が出てきて、感情がざわざわと揺さぶられるでしょう。
目的本位
この時、目的本位で生きられる方は
「恐怖心があるけど、自分は夏前に彼女を作ると決めたんだ。まずは出会いの場に行かなければ」
という形で、目的を重視してその会場に勇気を出して入っていくことができます。
気分本位
一方、気分本位で生きてしまう方は、不安感や恐怖心がざわざわと体の中に出てくると、それに巻き込まれて、例えば、パーティー会場の直前で、
「コミュ障だからどうせ孤立するし、関わりづらい人だと思われる…。やっぱりやめよう」
と回避してしまったりする傾向があります。実際、私は人間関係が苦手な方向けの講座を20年間ほど開催していますが、教室の直前まで来て帰ってしまう人は結構います。後でメールで「教室の直前まで行ったのですが、怖くて帰ってしまいました」という方がたくさんいます。
感情は天気のようなもの
感情というのは天気のようなものです。365日のうち、ずっと晴れている日はありません。雨が降ることもあれば、雪が降ることもあり、時には台風のような激しい雨の日もあるでしょう。そんな時でも、毎日家にいるわけではなく、雨が降っても傘をさして会社に行ったり、映画館に行ったり、遊びに行ったりするものです。
感情も天気と同じで、上がり下がりがあります。感情が下がった時に毎回自分のやることを変えていたら、自分が本当にやるべきこと、成長すべきことに時間を費やせなくなり、治療も遅れてしまいます。
少しストイックな考え方かもしれませんが、気分本位なところに折り合いをつけて目的本位に生きていくことが、社交不安症を改善していく上で非常に大事な心がけになります。
あるがままの姿勢
しかし、感情に巻き込まれてしまうのも人間です。ではどうすれば、目的本位で生きていくための心構えができるのでしょうか。ここで「あるがまま」という考え方が非常に役立ちます。
不快な感情を受け入れる
「あるがまま」とはどういう心理、考え方なのかというと、不快な感情や感覚を自然なものとして、当たり前のものとして受け入れていく姿勢のことです。先ほどの例に戻って考えてみましょう。
発表する機会があった時に、最初は、
と考え、精神交互作用を勉強する前は緊張をどうにか抑え込もうとして「緊張なくなれ」と思い、余計に緊張に集中して緊張していた状態でした。このような状況では、どう考えれば良いのでしょうか。
あるがままとは?
「あるがまま」の考え方では、こう考えます。
これは自然な感情なのだから、そのまま緊張しながら人前に立とうという形で考えていくとどうでしょう。
すると結果的に、緊張をなくそうと思っていた時に比べて、緊張と一緒にいよう、自然な感情だと考えると、ほっとして副交感神経(リラックス系の神経)が働き、結果的に緊張が収まっていくのです。これが「あるがまま」の考え方です。
不安感は自然な感情だから、わざわざこだわったり、消そうと思わず、この気持ちを持ちながらやるべきことをやっていこう、という感覚を育てていくことが大事です。
恐怖突入
最後に「恐怖突入」という言葉を紹介します。これは私の人生を変えた言葉であり、今でも恐怖突入という言葉を使いながら様々なことにチャレンジしています。
恐怖突入とは?
恐怖突入とは、恐怖の対象を回避せず、そのまま身を投じることで新しい気づきを得る姿勢のことです。具体的な事例を通して説明しましょう。
人と話す時に自分を出せない人がいるとします。集団で話している時にいつも孤立してしまい、疎外感を感じて、なかなか話しかけられないという状態だとしましょう。皆さんもそんな経験があるかもしれません。
「ここで自分の話題を提供したところで、みんな喜んでくれないんじゃないか。むしろ場の空気を壊すんじゃないか。自分なんかが話しに出ても、みんな嫌がるんじゃないか」
このように考えて恐怖心から、なかなか自分の意見や話題を提供できない人がいるとします。この時、ぜひ「恐怖突入」という言葉を唱えてみてください。
「自分の話が楽しめるか分からない、怖い、でも話してみよう」
という形で、思い切って恐怖に身を投じてみるのです。
思い切ってしてみると、普段話さないので、みんな少し驚くかもしれません。しかし大抵の場合は、恐怖に突入して実際に自分の話題を提供してみると、結構みんな喜んでくれて、興味津々で聞いてくれたりするものです。
社交不安症の時は「こんな失敗したらどうしよう、あんな失敗したらどうしよう、恥をかいたらどうしよう」と色々妄想してしまい、恐怖の対象を非常に大きく見積もってしまいがちです。しかし実際にやってみると「意外と大したことなかったな」という経験は結構あるです。
バーチャレンジの実践例
私の具体的なやり方を紹介すると、カウンセリングの中で「バーチャレンジ」というものをやることがあります。これは知らないバーに行って、1杯飲んで帰ってくるという試練です。
バーというのは入りづらいですよね。知らない人がいて、入って恥をかいたらどうしよう、マナーもよく分からないので失敗したらどうしようという気持ちが出やすい空間です。
実際にバーに入って、マスターと話して帰ってくると、
「意外と大したことありませんでした。思っていたよりもなんか簡単で、結構リラックスして帰ってきました」
という方が多いのです。
社交不安症の場合は恐怖の対象を大きく見積もりすぎてしまう傾向があります。そのため、最後は思い切ってそこに飛び込んでみて「大したことなかったな」という経験を積み重ねていくことで、自分の行動範囲を一つずつ広げていくことができます。
次回のコラムへ進む
今回は森田療法について解説しました。次回はソーシャルスキルトレーニングについて解説をしていきます。ソーシャルスキルトレーニングは、会話の技術を練習していく方法です。社交不安症や対人恐怖でお悩みの方は、ぜひ本シリーズを参考にしてください。
①.社交不安症の基礎知識
②.認知療法‐考え方の柔軟性
③.認知療法‐認知の歪みの改善
④.行動療法-段階的な挑戦
⑤.マインドフルネス療法
⑥.森田療法,対人恐怖の治療
⑦.ソーシャルスキルトレーニングの基礎 次回はこちら
⑧.アサーション,主張の技術
カウンセリングのご案内
筆者は社交不安症専門のカウンセリングも行っています。一人での改善が難しいと感じる方は、ぜひお力になりたいと思います。まずは初回のアセスメントから、お気軽にご相談ください。
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コラム監修
名前
川島達史
経歴
- 公認心理師
- 精神保健福祉士
- 目白大学大学院心理学研究科 修了
取材執筆活動など
- NHKあさイチ出演
- NHK天才テレビ君出演
- マイナビ出版 「嫌われる覚悟」岡山理科大 入試問題採用
- サンマーク出版「結局どうすればいい感じに雑談できる?」
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名前
長田洋和
経歴
- 帝京平成大学大学院臨床心理学研究科 教授
- 東京大学 博士 (保健学) 取得
- 公認心理師
- 臨床心理士
- 精神保健福祉士
取材執筆活動など
- 知的能力障害. 精神科臨床評価マニュアル
- うつ病と予防学的介入プログラム
- 日本版CU特性スクリーニング尺度開発

名前
亀井幹子
経歴
- 臨床心理士
- 公認心理師
- 早稲田大学大学院人間科学研究科 修了
- 精神科クリニック勤務
取材執筆活動など
- メディア・研究活動
- NHK偉人達の健康診断出演
- マインドフルネスと不眠症状の関連