性別違和とは
皆さんこんにちは。心理学講座を開催している公認心理師の川島達史です。今回のテーマは「性別違和」です。精神疾患ではないのですが重要性が高いので解説していきます。目次は以下の通りです。
①性同一性障害とは
②生きにくさ
③治療方法
④社会の論点
性別違和、性同一性障害、トランスジェンダーの基礎、LGBTとの違い、トイレの問題、などついて解説しました。動画にもまとめています。参考にしてみてください。
①性同一性障害とは
定義
性同一性障害は、精神医学事典(2011)[1]によると以下のように定義されています。
生物学的性別(SEX)とジェンダー・アイデンティティ(GENDER)が一致せず、自らの性別に違和や嫌悪を感じる状態
性同一性障害を抱える方は、体の性(SEX)と心の性(GENDER)が一致せず悩む時期があります。
SEXとは
生物学上の性です。具体的には、男性であれば、筋肉がつきやすく、髭がはえやすいです。一方で女性は、丸みを帯びた体で、寿命がながくなりやすい特徴があります。
GENDERとは
肉体的な性別ではなく、あくまで自分自身の自覚としての性になります。典型的には、男性の体でも心は女性の方がいます。身体は男性ですが、女性の服を好み、幼少期は人形遊びすることが多くなります。一方で身体は女性で心は男性の方もいます。体は女性ですが、男性の服を好み、幼少期はロボットで遊んだり電車で遊ぶことが多くなります。
X GENDERとは
Xジェンダーは「男女のいずれか一方に限定しない性別の立場を取る人」です。性同一性障害の方の中には、肉体は男性で心はXジェンダーの方がいます。一方で肉体は女性で心はXジェンダーの方がいることも抑えておきましょう。Xジェンダーには4種類あります。
1. 中性
自分自身が男性と女性との中間地点にあると感じる方です。
2. 両性
自分の性が男性でもあり、女性でもあると認識している方です。
3. 無性
そもそも性別はないと感じます。男性、女性どちらの要素もないという感覚がある方です。
4. 不定性
不定性の方は、性自認が変わっていきます。様々な性の間で自分の性が揺れ動いている方です。
その他の重要事項については以下の折り畳みで解説しました。理解を深めたい方は参照ください。
LGBTは性的少数者の総称を意味しています。具体的には以下の分類が基本となります。
L:レズビアン(心が女性、女性を好きになる人)
G:ゲイ(心が男性、男性を好きになる人)
B:バイセクシャル(男性・女性両方の性を好きになる人)
T:トランスジェンダー(身体の性と心が一致しない人)
トランスジェンダーは、性的違和とほぼ同一概念になります。この点について、上尾市の資料[2]を参考にしながら理解を進めていきましょう。こちらの図は性的違和とLGBTがよくわかる図になります。
例えば、マジョリティの場合、身体の性が男性の場合、心の性・表現する性は男性で、好きになる性は女性になります。ゲイの方の場合は、身体の性・心の性・表現する性は男性で、好きになる性が男性になります。このように多様な性が表現されます。
比率について、大阪市(2019)[3]で4285名に行われたアンケートの結果から見ていきます。
①トランスジェンダー
性的違和を持っている方は0.7%でした。他の統計でも0.5%前後となっていることから、現在の統計では200人に1人前後が性的違和を感じていると考えられます。
②LGBTの比率
性的指向は、約83%が異性愛者で、それ以外が17%でした。その中を詳しく見ていくと、
アセクシャル(無性愛者):0.8%
バイセクシャル(両性愛者):1.4%
ゲイ・レズビアン(同性愛者):0.7%
と分かりました。LGBTの方はたくさんいらっしゃることをまずはしっかりおさえておきましょう。
岡山大学病院の調査[4]によると、性別への違和感は中学生までに9割感じることがわかりました。特に小学校に入学すると,持ち物,トイレ,各種の活動などが男女別になることが多くなっていきます。性的違和を抱える子どもにとって希望しない性別での学校生活を強いられることが多く、つらい経験となりやすいと言えます.
岡山大学病院の調査[4]によると、性別への違和感を持つ方の約6割が自殺について考えたことがあることがわかりました。また実際に、自傷行為や自殺未遂などに進んだ方も3割近くいらっしゃいます。思春期に性別を違和を抱える方に対して、心理的なケアが必要であることがわかります。
②精神障害からの除外
WHOの決定
性同一性障害は、これまでの精神医学の世界では「体と心が一致することが正常で、一致しないのは異常だから障害である」といった考え方がありました。しかしこの考え方がおかしいという流れから、2019年WHOの総会で、性同一性障害が精神障害の分類から除外されることが決定されました。性同一障害の正式な除外は、2022年からはじまります。
性的不和,違和への変更
これにより性同一性障害は、精神的な病気でも身体的な病気でもないと考えるられるようになり、差別が解消されることが期待されています。そのため今後は「性的不和」「性的違和」という言葉が徐々に浸透していくと考えられます。当コラムにおいても以下の文章では、性同一性障害といわず「性的違和」と表現していきます。
③生きにくさ
性的違和を持っている方は、以下のような生きにくさを感じて見えます。統計によると、性的違和を持っている方の約6割が自殺願望を持つという統計もあります。
体と心が別の方向
例えば、身体は男性だけど女性の心を持っている方は、女性らしい丸みを帯びた体になりたいと考えます。しかし体がどんどん大きくなってしまうため、ギャップに苦しむことになります。
トイレ
身体は男性で心は女性の方は、女子トイレに行きたいと考えます。しかし女子トイレを利用すると女性から嫌がられるという問題があります。
不登校
性的違和を抱える方の約3割が不登校を経験していることが岡山大学の統計からわかっています。思春期には男女別で分けられた活動をすることが多いため、活動が苦痛であることが原因として挙げられます。
アウティング
アウティングは、本人の了解を得ず、性的指向や性的違和を暴露されてしまうことです。最近の事例では、一橋大学のアウティング事件が有名で、被害者の方が、パニックになり転落死をしてしまいました。
仕事上の問題
例えば「偏見で就職が不利になる」「同僚から差別的な言動を受ける」「心の性にあった服装が認めらず解雇されてしまう」などが挙げられます。
戸籍変更要件に手術が必要
現在の日本の法律では、同じ性のカップルは結婚ができません。結婚を希望する場合は、家庭裁判所で男女の戸籍を変更しなくてはなりません。しかし戸籍の変更は、性転換手術が必要で、非常に大きなハードルになっています。
④自己一致へのプロセス
先ほど性同一障害は、精神疾患から除外されていると紹介しました。性的違和が障害なら治療という言葉に違和感はありません。しかし障害でないものを治療というのはかなり違和感があります。ここでは治療方法に変わり、心理学用語「自己一致」という言葉を使いたいと思います。
自己一致とは、理想とする自分と現実の自分のギャップが少ない状態を意味します。ここからは性的違和を抱える方がどうすれば自己一致できるか?という視点で解説を進めていきたいと思います。
身体的な自己一致
・ホルモン注射
月に2~3回、ホルモン注射をします。1回3,000円前後で、全額自費負担になります。
・性転換手術
内容により異なりますが、費用は70~300万円です。手術は3割負担で受ける事ができますが、ホルモン注射を受けていると保険が使えないという問題があります。
制度的な自己一致
戸籍の変更や名前の変更が受けられます。手続きは家庭裁判所で行えますが、戸籍の変更には非常に高いハードルがあります。具体的には、
・二人以上の医師の診察が必要かつ
・実質的に性転換手術が完了している事
です。特に性転換手術は、負担が非常に大きいため緩和するかどうかが議論されています。
心理的な自己一致
・自己受容
一生懸命もがいてきた自分を認めて受け入れていくことが大切です。そして自分なりのアイデンティティを確立していく必要があります。
・アイデンティティの確立
「自分とは何か?」「自分と言う人間のすばらしさは何か?」「何を生きがいに生きて行くのか?」という問いに自分なりの答えを出していく作業になります。答えは誰かが与えてくれるものではありません。自分自身と向き合い、自分で答えを出していく必要があります。
⑤性別違和と論点
性別違和については、様々な論点があり、社会的には問題がある状況です。以下の論点について今後、社会全体で考えて行かなくてはなりません。
戸籍の変更
出産後に戸籍変更があると「親子関係に混乱が生じるのでは?」「子どもに良くないのでは?」という考えから、子どもがいると戸籍の変更ができません。具体的には、卵巣、精巣について、手術が完了し、子供が生めない状態にならないと戸籍上の性を変更できません。理由は、社会的な混乱を避けるためと言われています。仮に、女性の身体で心が男の方が手術をしないで、戸籍上の性を男性にしたとします。その後に、子供が欲しくなって何らかの方法で子を作った場合、戸籍上は父親から生まれたことになり混乱が起きます。一方で生殖腺を失う手術は、体に負担がかかるため、緩和をしてもいいのではないか?という議論もあります。
性別欄の廃止
履歴書や各種証明書から性別欄を廃止すべきかどうかが、議論されています。性別違和を抱える方は、体の性が記載されている文書や証明書を見ることは、非常につらいものとなります。ちなみに「精神障害者保健福祉手帳」から「性別欄」が削除されています。みなさんは性別欄についてどう感じますでしょうか。
アウティングの損害賠償
アウティングは、本人の同意を得ずに性的違和を周囲に伝える事です。この点については一橋大学の事件が有名です。ゲイの方が同級生に告白(カミングアウト)をしたところ、同級生が周りにアウティングをしてゲイの方が自殺をしたという事件です。裁判所は、違法性を認めた一方で損害賠償はゼロ円でした。アウティングの罰則については現在は無い状態です。
トイレの制限
戸籍上は男性で女性として勤務する経済産業省の50代の職員が、女性用トイレの使用を制限されていました。この点について、2015年から裁判が行われ結果として、一審判決では違法となり132万円の賠償が命じられました。一方で二審では違法ではないと判決が覆りました[5]。このように社会的にもトイレについて議論がなされていると言えます。
まとめ
最後に、これまで「性的違和」コラムにお付き合いしていただき、ありがとうございました。今回は性別違和、トランスジェンダーの基礎、LGBTとの違い、トイレの問題、生きにくさ、過去の裁判などついて解説しました。当事者の方はもちろん、性的違和を抱えない方も参考にしてみてください。
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監修
名前
川島達史
経歴
- 公認心理師
- 精神保健福祉士
- 目白大学大学院心理学研究科 修了
取材執筆活動など
- NHKあさイチ出演
- NHK天才テレビ君出演
- マイナビ出版 「嫌われる覚悟」岡山理科大 入試問題採用
- サンマーク出版「結局どうすればいい感じに雑談できる?」
YouTube→
Twitter→
名前
長田洋和
経歴
- 帝京平成大学大学院臨床心理学研究科 教授
- 東京大学 博士 (保健学) 取得
- 公認心理師
- 臨床心理士
- 精神保健福祉士
取材執筆活動など
- 知的能力障害. 精神科臨床評価マニュアル
- うつ病と予防学的介入プログラム
- 日本版CU特性スクリーニング尺度開発
名前
亀井幹子
経歴
- 臨床心理士
- 公認心理師
- 早稲田大学大学院人間科学研究科 修了
- 精神科クリニック勤務
取材執筆活動など
- メディア・研究活動
- NHK偉人達の健康診断出演
- マインドフルネスと不眠症状の関連
[1] 加藤敏, 神庭重信, 中谷陽二, 武田雅俊, 鹿島晴雄, 狩野力八郎, 市川宏伸 編(2011).精神医学事典, 弘文堂
[2] 上尾市 性の多様性についての理解を深めましょう
[3] 中塚幹也 (2019).岡山市の職員が知っておきたい 性的マイノリティ(LGBT)の基礎知識 大阪市民の働き方と暮らしの多様性と共生にかんするアンケート
[4] 村上友里(2021). 性同一性障害のトイレ使用制限、高裁「違法ではない」 朝日新聞デジタル
[5] 相川充, 藤田正美(2005). 成人用ソーシャルスキル自己評定尺度の構成 東京学芸大学紀要. 第1部門, 教育科学 56巻
87-93ページ