場面緘黙の克服方法,治し方
皆さんこんにちは。心理学講座を開催している公認心理師の川島達史です。今回は「場面緘黙」について解説していきます。目次は以下の通りです。
①場面緘黙とは何か
②場面緘黙の診断基準
③場面緘黙の心理学的研究
④対処方法
⑤具体的な事例
当コラムの特色は、臨床心理学、精神保健福祉の視点から心の病気を解説している点にあります。心の病気の解説サイトは多いですが、精神科医の先生が監修されていることが多く、心理師の専門サイトは多くはありません。
お薬以外での改善策を詳しく知りたい方に特にお役に立てると思います。ご自身の状況にあてはまりそうなものがありましたら是非ご活用ください。
場面緘黙とは何か
意味
まずは、”緘黙”の意味について捉えていきましょう。緘黙とは心理学事典(1999)[1]によると以下のように定義されています。
言葉を習得しているが、器質的な障害がないにも関わらず言葉を発しない状態
です。また”場面緘黙症”は米国精神医学会(2013)[2]によると以下のように定義されています。
話す能力は問題なく、家庭では話ができるのに、学校や幼稚園など特定の場面や状況になると話せない状態
つまり、言葉の遅れはないが特定の場面になると話せなくなる疾患です。主に2歳~6歳の子供が発症するといわれています。
場面緘黙と選択性緘黙
”場面緘黙”と表記する場合と、”選択性緘黙”と表記する場合があります。どちらも同じ疾患ですが、診断基準であるDSM-5では、”選択性緘黙”と表記されています。
しかし、この「選択性」という語が「当事者の意志で発語しないことを選択している」という誤解を生みやすいため、”場面緘黙”の方が適切であるとする意見もあります。そのため、WHOの基準である最新のICD-11では、”場面緘黙”が採用されています。
原因
場面緘黙の原因はいくつか挙げられています。
①ストレス
入園や入学を期に発症することが多く、環境が変わることによるストレスの要因が大きいと言われています。
②親子関係
特に母親との関係の影響が大きいといわれています。
③外傷体験
語発達期における、外傷体験(トラウマ)があると発症につながりやすいといわれています。
④遺伝的な要因
近年の心理学や遺伝学の知見では、性格は遺伝することが分かってきています。場面緘黙についての正確な研究はないですが、遺伝的な要因があるケースもあると推測されています。
有病率
場面緘黙の有病率は0.02%~1.89%[3]と言われています。状況や対象の年齢のよって異なるため、差があると言われています。
その他の疾患との違い
コミュニケーション障害
コミュニケーション障害とは、言語症、語音症、吃音などからなる障害群です。主に、語彙や文章の稚拙さや、流暢性などが問題になる障害です。特定の場面や状況に限らず、全般的なコミュニケーションの障害があります。
社交不安障害
社交不安障害とは、他者の注目を浴びる可能性のある場面に対して恐怖や不安を感じ、回避する症状があります。場面緘黙とも強い関連が示されており、子供の頃に場面緘黙あったものが、成人となって社交不安障害になるケースも多いとしています。
吃音症
発声に際し、流暢性の障害が著しくなり特定の音や単語の発声を避けたり、人との会話を避けるようになる障害です。言葉の繰り返しや、引き伸ばしといった症状があります。吃音症は場面緘黙症とは違い、言葉を発する際の構音の仕方に原因があります。
場面緘黙の診断基準
診察の流れ
実際の場面緘黙の診察では、本人が話せないケースも多く、筆談を使ったり、目の動きや頷きなどの非言語的コミュニケーションを用いることがあります。それ以外には、家族との面接があります。詳細な症状については家族から聴取して診断していくことが多いです。
診断基準
選択性緘黙の診断には以下の基準があります。
場面緘黙の診断基準は、DSM-5[2]では”選択性緘黙”という名称で掲載されています。選択性緘黙は不安症群のカテゴリーに含まれています。
A.他の状況で話しているにもかかわらず、話すことが期待されている特定の社会的状況において話すことが一貫してできない。
B.その障害が学業上、職業上の成績、または対人的コミュニケーションを妨げている
C.その障害の持続期間は、少なくとも1か月である
D.話すことができないことは、その社会的状況で要求されている話し言葉の知識、または話すことに関する楽しさが不足していることによるものではない
E.その障害はコミュニケーション症ではうまく説明されず、また自閉スペクトラム症、統合失調症、または他の精神病性障害の経過中にのみ起こるものではない
世界保健機関(WHO)の国際疾病分類ICD-10による基準では以下のように診断されます。[4]
話すことに関して顕著な情緒的に決定された選択性によって特徴づけられている。つまり子供はある状況下では、言語能力を発揮するが、しかし他の状況下では話すことができない。この障害は通常は対人不安、引っ込み思案、過敏性または抵抗などが含まれるような顕著な人格的特徴を伴っている。
このような特徴を基に診断が下されます。新しいICD-11からは、カテゴリーが「小児期の情緒障害」→「不安または恐怖関連群」に変更しています。
場面緘黙の研究
不安の影響
場面緘黙は不安が喚起されると、症状が出やすくなるとしています。日高(2021)[5]は、場面緘黙の認知特性として、注意力やワーキングメモリを挙げて、不安症のモデルとしてまとめています。その中で、場面緘黙になるモデルを次のように説明しています。
脅威刺激への注意が不安や緊張を亢進させて、緘黙症状が表れることを示しています。ここで言う緘黙症状とは「言語、非言語応答の欠如」「非言語(頷き、筆記等)による応答」「言語応答(発声、単語等)による応答」を指します。
論文ではワーキングメモリやコーピングなどの要因も挙げていますが、モデルを簡略して説明するとこのようになります。まず場面緘黙は不安から起こってくるものと捉えておくことが大事です。
行動抑制の影響
二宮ら(2015)[6]は場面緘黙と行動抑制システム(BIS)の尺度を用いて、場面緘黙のメカニズムについて調べています。行動抑制システム(BIS)とは、恐怖や罰、新規なものに対する無知が、行動を抑制する傾向のことです。その結果、行動抑制システム(BIS)が不安を増幅させ、場面緘黙を高めていることがわかりました。
新しいことや失敗を恐れて行動を抑制しがちな傾向は、さらにその不安を高めて、場面緘黙を増幅させていることが言えます。場面緘黙の対処法としては、こうした行動を抑制しがちな傾向を考慮していく必要があります。
場面緘黙の克服方法
場面緘黙の克服法として以下の方法を紹介したいと思います。
①行動療法
②刺激フェイディング法
③遊戯療法
④コミュニケーションカード
⑤ソーシャルサポート
①行動療法
場面緘黙は話すことを回避している状態です。回避を行うことで、一時的に不安が解消されるため、緘黙の症状が維持されやすくなってしまいます。話すことの回避を防ぐためには、行動療法によって話すことの回避を減らしていくことが必要です。その行動療法には様々な方法が確立されています。詳しい解説はこちらからご覧ください。
行動療法のやり方とは
②刺激フェイディング法
刺激フェイディング法とは、話せる場面や話せない場面の刺激を調整することで、話せる場面を増やしていく方法です(園山,1992)[7]。その方法には3つあります。
*方法①
話せる場面から話せない場面へ徐々に慣れていく
例:家庭→親戚の家→友達の家→教室へと徐々に場面に慣れていく
*方法②
話せなくなる刺激に徐々に慣れていく
例:家庭(話せる場面)に先生(話せない刺激)が訪問して徐々に慣れていく
*方法③
話を促進する刺激を導入する
例:先生と話す際に、話せる友達にそばにいてもらう
刺激フェイディング法を用いる際には、対象者の話せない場所や人などを把握することが必要です。その際には以下のような評価表を作成していきます。「場所」「人」「活動」の項目で、話せない状況と話せる状況を記入していきます。
③遊戯療法
遊戯療法とは主にこどもを対象にして、遊具やおもちゃを使って遊びながら行う心理療法です。遊戯療法は言語的なやり取りを必要としないため、言葉による表現が苦手な対象者に有効です。場面緘黙においても、非言語的な活動を通して自己表現を促していくことができます。
④コミュニケーションカード
コミュニケーションカードとは、挨拶や日常場面で使う可能性のある言葉をカードに書いて携帯し、それをコミュニケーションの手段として使う方法です。
このカードを使うことで、あいさつやお礼を言うなどの基本的な社会的コミュニケーションを促すことができます。言語的なコミュニケーションではハードルが高い場合でも、非言語的な手段によってコミュニケーションが可能になります。
⑤ソーシャルサポート
場面緘黙は脳の作用からくるものではなく、場面や状況の要因が大きいです。そのため、周りの環境やそれを調整できるソーシャルサポートが重要になってきます。それには、
・障害そのものへの理解
・周りの級友からの理解
・家族からの支援
・学校、家族との連携
などさまざまな要素が必要になってきます。本人の要因だけではなく周囲のサポートが治療を大きく作用します。そのためには、気軽に相談できる場所、話せなくても受容してくれるコミュニティを作っていくことが大事です。
⑤具体的な事例
以下場面緘黙についての具体的な事例です。参考にしてみてください。
場面緘黙は学童期に発症することが多いことから、教育現場での対応が重要になってきます。折原,石井(2020)[8]の研究では、通級指導教室での場面緘黙に対する指導方法を紹介しています。
・6歳女児
・集団の中で自分の気持ちを伝えるのが難しい
・こだわりが強く、洋服や髪型気に入らないと外に出たがらない
・運動や絵を描くことが好き
この児童に対して、「コミュニケーション」「運動」「個別」の3つのプログラムで指導を進めています。
①コミュニケーション:小集団の中で自分の考えを表現する
②運動:初めての運動でも指示に従って取り組めるようにする
③個別:個人との会話で自分の考えを話せるようにする
とそれぞれの目標を立てて1年間指導を行っています。その結果、小声ではあるが、口頭でのコミュニケーションが可能になって、初めての活動にも大きな抵抗なく取り組むことができるようになりました。
小集団や個別で対応をすることで不安を軽減させることや、得意なものや好きなことの要素を取り入れることが効果的であるとしています。
身体的な動作を用いて、緊張をコントロールする方法として”臨床動作法”というものがあります。体の動かし方を調整していくことで、精神にも影響を与え不安や緊張の改善につながるものです。
五位塚ら(2019)[9]の研究では、臨床動作法を合宿によって行い、場面緘黙を改善した事例を紹介しています。
・25歳女性
・知的発達の遅れがあり
・家庭以外の場面での発話はほぼなし
この女性は5泊6日の心理リハビリテイションキャンプに参加し、臨床動作法のセッションを受けています。
身体的な緊張が強く、動作を介したコミュニケーションを通して、緊張を和らげるトレーニングが行われています。具体的には、あぐらをかいたり横になった姿勢から、首や肩周りを関節を動かすことによって、緊張を緩めていきます。動作を通してトレーナーとのコミュニケーションも促されています。
セッションを実施した結果、姿勢が大きく改善され身体的な緊張が緩和されたとしています。さらに、コミュニケーションの面でも自分の意図や欲求を伝える主張性が強くなったとしています。
臨床動作法は非言語的な体の動作を介して行うので、場面緘黙など言語が制約される対象者にとっては有用であるとしています。
心理療法を学びたい方へ
場面緘黙コラムにお付き合いいただき、ありがとうございました。皆さんのメンタルヘルスのお手伝いになったら光栄です。最後にお知らせがあります。私たち公認心理師は心理療法をしっかり学べる講座を開催しています。内容は以下の通りです。
・心を安定させる,認知行動療法の学習
・辛い気持ちを緩和,認知の偏りの改善
・感情のコントロール法
・心が安定する,生活環境の作り方
皆さんのご来場をお待ちしています。↓興味がある方は以下の看板をクリックしてご検討ください↓
監修
名前
川島達史
経歴
- 公認心理師
- 精神保健福祉士
- 目白大学大学院心理学研究科 修了
取材執筆活動など
- NHKあさイチ出演
- NHK天才テレビ君出演
- マイナビ出版 「嫌われる覚悟」岡山理科大 入試問題採用
- サンマーク出版「結局どうすればいい感じに雑談できる?」
YouTube→
Twitter→
名前
長田洋和
経歴
- 帝京平成大学大学院臨床心理学研究科 教授
- 東京大学 博士 (保健学) 取得
- 公認心理師
- 臨床心理士
- 精神保健福祉士
取材執筆活動など
- 知的能力障害. 精神科臨床評価マニュアル
- うつ病と予防学的介入プログラム
- 日本版CU特性スクリーニング尺度開発
名前
亀井幹子
経歴
- 臨床心理士
- 公認心理師
- 早稲田大学大学院人間科学研究科 修了
- 精神科クリニック勤務
取材執筆活動など
- メディア・研究活動
- NHK偉人達の健康診断出演
- マインドフルネスと不眠症状の関連
[1] 中島義明,安藤清志,子安増生,坂野雄二,繁桝算男,立花政夫,箱田裕司(1999).心理学辞典 有斐閣
[2] 高橋三郎,大野裕(2014)..DSM-5精神疾患の分類と診断の手引き 医学書院
[3] 趙成河,園山繁樹(2018).選択性緘黙の有病率に関する文献的検討 障害科学研究 42(1)227-23
[4] 国際疾病分類ICD-10
[5] 日高茂暢(2021).場面緘黙における認知特性に関する文献研究-ワーキングメモリと注意の特性- 九州生活福祉支援研究会研究論文集 14(2), 1-11
[6] 二宮奈美,杉山瑞奈,中村百花,西嶋涼花,今井正司(2015) 児童における選択性緘黙の維持及び緩衝に関する要因の検討 日本心理学会大会発表論文集 79(0), 1EV-038
[7] 園山繁樹(1992).行動療法におけるInterbehavioral Psychologyパラダイムの有用性―刺激フェイディング法を用いた選択性緘黙の克服事例を通して―.行動療法研究,18(1),61-70
[8] 折原有美,石井正子 (2020).通級指導教室におけるコミュニケーションに困難のある児童の支援 2 ―場面緘黙児の指導事例―昭和女子大学近代文化研究所 956 32-47
[9] 五位塚和也,小澤希美,小田浩伸 (2019).臨床動作法による場面緘黙のある女性における能動的コミュニケーションの活性化:心理リハビリテイションキャンプにおける実践過程に関する検討 大阪大谷大学教育学部特別支援教育実践研究センター紀要3 3-19