自己愛性パーソナリティ障害の治療法
みなさんこんにちは。心理学講座を開催している公認心理師の川島達史です。今回のテーマは「自己愛性パーソナリティ障害」です。
目次は以下の通りです。
①自己愛とは何か
②自己愛性パーソナリティ障害とは
③診断基準
④自己愛と心理学研究
⑤治し方,心理療法
当サイトの特色は、臨床心理学、精神保健福祉の視点から心の病気を解説している点にあります。心の病気の解説サイトは多いですが、精神科医の先生が監修されていることが多く、心理師の専門サイトは多くはありません。
お薬以外での改善策を詳しく知りたい方に特にお役に立てると思います。ご自身の状況にあてはまりそうなものがありましたら是非ご活用ください。
①自己愛とは何か
自己愛の由来
自己愛性パーソナリティ障害を理解するには、「自己愛」について理解を深める必要があります。自己愛は英語表記でナルシシズム(narcissisom)と訳されています。由来としてはギリシャ神話から来ています(大矢,1990)[1]。
若く美しいナルキッソスは、山の湖で自分の姿を見ます。その姿があまりにも美しかったために、彼は自分に恋をします。そうして、その水面から離れることができなくなり、ついには死んでしまう。
というお話です。なんとも示唆に富んだ話ですね。心理学の世界では、古くから自己を愛する対象とすることを自己愛と呼び、研究され続けてきました。
自己愛は不健康?健康?
自己愛は不健康なものと、健康なものがあります。
自己愛が強い人は、一見、すごく自分に自信があるように見えることがあります。ちょうど膨らんだ風船のようです。大きく見えますが、ふらふらとしていて不安定で、ちょっと傷がつくと割れてしまいます。これらの自己愛はいつも傷つけられないか?不安で仕方がないのです。
自分だけを愛する、自己否定を覆い隠す自己愛、傷もなく一見きれいだけど崩れやすい自己愛、これらは心理的な問題につながりやすいと言えます。
対して自己愛が安定している人は、桃のようなイメージです。モモは手ごろな大きさで、重さもあり、中身があまく、充実しています。少々傷がついたとしても味が落ちることはありません。
ありのままの自分を愛する、多少傷つけられても揺るがない自己愛、充分な根拠のある自己愛は健康的と言えます。
不健康な自己愛、健康な自己愛について、まずはざっくりと上記のようにイメージしておきましょう。自己愛についてより深く理解したい方は以下の折り畳みを参照ください。
フロイトと自己愛
ナルシシズムを本格的に心理学の世界で使い始めたのはフロイトと言われています(松並,2013)[2]。フロイトは1914年に「ナルシシズム入門」という本を出版しました。
①自体愛(1次的自己愛)
フロイトは、人間にはリビドーという欲望の塊があると考えました。幼児期にはその欲望の塊が自分に向いてると考え、これを「自体愛」と呼びました。「自己愛」ではなく、自体愛です。似ているので間違えやすいですね。
②自己愛(2次的自己愛)
フロイトは自体愛は青年期になると、自己愛に至ると考えました。自己愛は先程のナルキッソスの自己愛のイメージと近いです。自分自身を愛することを意味します。
③対象愛
そうして正常に発達していき、大人になると、自分だけではなく、周りも愛せるようになります。フロイトはこれを対象愛と呼びました。フロイトは、健全な発達のためには自己愛を卒業し、対象愛に進まなくてはならないと主張したのです。
ハインツ・コフート
精神科医・精神分析学者のハインツ・コフート(Heinz Kohut)は別の考えを持っていました。フロイトが、自己愛は対象愛に変わるべきと考えたのに対して、コフートは自己愛は持っていてよいと考えたのです。コフートは愛は相手に向けられるだけでなく、自分にも相手にも向けることが成熟した自己愛と考えたのです。
パルバーと自己愛
心理学者のパルバーは、自己愛を以下の2つに分けて説明しています。
健康的な自己愛
防衛的でない人間本来の自尊感情、自分をありのままを愛する、大切にする状態
不健康な自己愛
ネガティブな自己評価から自分自身をまもろうとする防衛的自尊感情
この定義は比較的わかりやすいですね。自分をありのままに愛するのはOKだけど、自己否定を覆い隠すような虚勢を張った自己愛は不健康であるとパルバーは考えたのです。
②自己愛性パーソナリティ障害とは
意味とは
自己愛性パーソナリティ障害は英語では、narcissistic personality disorderと表記し、NPDと略されることもあります。精神医学事典(2011)[3]によると以下の意味があります。
空想または行動上の誇大性、賞賛されたい欲求、共感性の欠如が人格の広範な領域で特徴的にみられる傲慢、尊大なパーソナリティをもち、そのために周囲とのトラブルを生じて精神医学的問題を呈する
無関心型、過敏型
グレン・ギャバード(1994)[4][5]という精神科医は自己愛性パーソナリティ障害をさらに以下の2つのタイプにわけています。
*無関心型
自分が中心に世界が回っている感覚を持ち、他人の気持ちに無関心なタイプです。周りからは自己中心の塊に見えます。
*過敏型
傷つきやすく、他人の言動に敏感なタイプです。自己愛が不安定で、自分を批判する人がいないか、絶えず警戒しています。
有病率
自己愛性パーソナリティ障害の有病率は0.5%、生涯有病率で1%前後と推測されていますが、正確な統計は今のところありません。
林(2008)[6]が精神科病院に入院した患者7131人を対象にした調査によると、7131人のうち531人がパーソナリティ障害を持っていたことがわかりました。そして種類、タイプは以下の通りでした。
・境界性パーソナリティ障害
302人 診断率56.9% 女性78%
・
・特定不能(自己愛)パーソナリティ障害
116人 診断率21.9% 女性58%
・
・反社会性パーソナリティ障害
45人 診断率8.5% 男性89%
このように自己愛性パーソナリティ障害は、境界性パーソナリティ障害についで診断されやすいと推測できます。
位置づけ
自己愛性パーソナリティ障害は、パーソナリティ障害の中の1つです。パーソナリティ障害は3つにわけられます。
A群
奇異的な考え,理解しがたい行動が目立つ
B群
情緒不安定,激しい行動が目立つ
C群
不安が強い,内向的
自己愛性パーソナリティ障害はB群のうちの1つとされています。B群は感情の不安定さ、人間関係が特徴となる障害群となります。
他の病気との関連
自己愛性パーソナリティ障害の人は、複数の病気を発症する傾向があります。特に、
・うつ病
・摂食障害
・アルコール依存
・薬物依存
などの併存が多いことが分かっています。自分が求める賞賛が満たされなかった時、人一倍落ち込んでしまうので、上記のような病気へと発展しやすいと言えます。
③診断基準
診断されるまで
自己愛性パーソナリティ障害の診断は精神科や心療内科で行われます。ただし初診から自己愛性パーソナリティ障害という診断名がつくことは稀です。何度も面接を重ね、症状の変化などを把握する必要があるからです。また一度診断を受けたとしても、年齢を重ね、落ち着いてくると、障害ではないとされるケースもあります。
診断基準
以下はアメリカ精神医学会[7]、WHOによる診断基準[8]となります。
誇大性、賛美されたい欲求、共感の欠如の広範な様式で成人期早期までに始まる以下のうち5つ(またはそれ以上)によって示される。
(1)自分が重要であるという誇大な感覚(例:業績や才能を誇張する。十分な業績がないにもかかわらず優れていると認められることを期待する)
(2)限りない成功、権力、才気、美しさ、あるいは理想的な愛の空想にとらわれている
(3)自分が特別であり独特であり他の特別なまたは地位の高い人達だけが理解しうる、または関係があるべきだと信じている
(4)過剰な賞賛を求める
(5)特権意識(特別有利な取り計らい、または自分が期待すれば相手が自動的に従うことを理由もなく期待する)
(6)対人関係で相手を不当に利用する(自分自身の目的を達成するために他人を利用する)
(7)共感の欠如:他人の気持ちおよび欲求を認識しようとしない
(8)しばしば他人に嫉妬する、または他人が自分に嫉妬していると思い込む
(9)尊大で傲慢な行動または態度
・
ICD10による基準では症状の記述はありません。「その他の特定の人格障害」として”自己愛的”の分類がなされています。
④自己愛と心理学研究
自己愛についての研究から以下の4つの特徴を紹介します。気になるタイトルについて展開してみてください。
根岸・山口(2016)[9]は18歳から25歳までの420名を対象に自己愛の心理的影響を調査しました。その結果、過敏性自己愛の男性は、他人を支配しやすいことがわかりました。
他者の言動や反応に敏感な方は、自分が傷つかないように、できるだけ自分の思い通りにしようとする傾向があると推測することができます。
根岸・山口(2016)[9]の研究では誇大型自己愛がある方は、男女とも支配的になりやすいこともわかりました。
自分を愛するがゆえに、目立ちたい、上に立ちたいという欲求が生まれてくると予想できます。
下司・小塩(2019)[10]が大学生 210 名を対象にした調査では、「自己愛傾向」と「自己優越感感情操作」との間に正の相関が認められました。
自己優越感感情操作とは、ことわりにくくさせた上で、相手に感情を強制するような意味があります。ざっくりというと、パワハラ上司が権力をかさに、部下に頭を下げさせるイメージでしょうか。
つまり自己愛傾向が強いほど、有利な立場に立つことを好み、都合が良いように相手の感情を操作したがると言えます。
④治し方,心理療法
自己愛性パーソナリティ障害は大きくわけて、心理療法と薬物療法の観点から治療をしていきます。当コラムでは、心理療法の視点から、よく使う対策を紹介します。
①心理教育
②メタ認知力をつける
③認知行動療法を学ぶ
④共感力をつける
⑤アサーティブコミュニケーション
⑥共依存関係に注意する
⑦魅力として捉える
ご自身に役立ちそうなものを組み合わせてご活用ください。
①心理教育
NPDにおいて、自己理解を深めることは何より大事です。障害の特性を理解すると、混乱することが減る、人間関係の失敗が減る、自分を受け入れるきっかけになる、という効果があります。具体的には専門家から説明を受ける、書籍を読む、当事者の動画を見るなどが挙げられます。
②メタ認知力をつける
NPDの方は「我を失い」偏った発言や行動をしてしまいがちです。この点を改善するには、メタ認知力をつけていくことが大事です。メタ認知とは自分自身の感情や考え方を冷静に把握する力を意味します。
具体的には、自分の考えを把握するエクササイズや日記を書くことで、自分と向き合う練習を行っていきます。詳しくは下記のコラムを参照ください。
③認知行動療法を学ぶ
NPDの方は、「馬鹿にされた」「批判された」と思い込むと現実的に物事を考えられなくなっていきます。その結果、ありもしない事実で思い悩むことになります。
対処法の1つに認知行動療法という手法があります。論理行動療法とは、偏った考えを、柔軟で現実的な考え方に変化させることで、感情を安定させる手法を意味します。
一度思い込むとなかなか元に戻れない…という方は下記のコラムを参照ください。
④共感力をつける
NPDの代表的な特徴の1つに共感性の低さが挙げられています。共感性は先天的な面もあるので、すぐに獲得することは難しいですが、スキルトレーニングをすると、改善することができます。人の話を聴くのが苦手、自分勝手な会話になってしまう方は以下のコラムを参照ください。
⑤アサーティブコミュニケーション
自己中心的になってしまうことが多い方は、アサーティブコミュニケーションの学習をおすすめします。アサーティブとは、自他尊重のコミュニケーションと呼ばれ、自分と他人の、価値観、生き方、困り事をお互いに尊重する心理療法です。
しっかり学ぶと、自分のことだけでなく、相手の意見を尊重しながら建設的に話し合う力をつけることができます。理解を深めたい方は以下のコラムを産参照ください。
⑥アンガーマネジメント
他人の言動にイライラしてしまい、周りとうまくいかなくなってしまう方はアンガーマネジメントを学ぶことをおすすめします。アンガーマネジメントとは、怒りを予防・制御するための心理療法プログラムで、不適切な怒りの感情をうまくコントロールすることを目指す手法です。怒りをうまくコントロールできない方は以下のコラムを参照ください。
⑦共依存関係に注意する
NPDの方は共依存関係になりやすいので注意が必要です。共依存とは閉鎖的で、特定された人間関係であり、お互いに過剰に依存している状況を意味します。自己愛が強い方は、支配・被支配の関係になりやすく、自分のいうことを聞いてくれる人、なんでも賞賛してくれる人を好みます。
その結果、強く束縛する、高額なプレゼントを要求する、相手を卑下して自尊心を奪い支配する、などの不健康な関係になりやすくなります。特定の関係に依存しやすい…と感じる方は以下のコラムを参考にしてみてください。
⑧魅力として捉える
自己愛性パーソナリティ障害がある方は、「障害」として分類されていますが、あくまでそれは精神医学の世界の中の話です。芸術、役者、小説、漫画、音楽などの分野ではむしろ「才能」として開花することもあります。
例えば、演劇の世界では役に没頭し、演じ切ることが大事になります。この時、強い自己愛は役作りに多いに役立つでしょう。自身の特性も、前向きに活かせば魅力の1つになるという視点も持つようにしましょう。
心理療法を学びたい方へ
私たち公認心理師は心理療法をわかりやすく学べる講座を開催しています。内容は以下の通りです。
・心を安定させる,認知行動療法の学習
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・SST,人間関係を健康的にするトレーニング
・ストレスを緩和,生活環境の作り方
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監修
名前
川島達史
経歴
- 公認心理師
- 精神保健福祉士
- 目白大学大学院心理学研究科 修了
取材執筆活動など
- NHKあさイチ出演
- NHK天才テレビ君出演
- マイナビ出版 「嫌われる覚悟」岡山理科大 入試問題採用
- サンマーク出版「結局どうすればいい感じに雑談できる?」
YouTube→
Twitter→
名前
長田洋和
経歴
- 帝京平成大学大学院臨床心理学研究科 教授
- 東京大学 博士 (保健学) 取得
- 公認心理師
- 臨床心理士
- 精神保健福祉士
取材執筆活動など
- 知的能力障害. 精神科臨床評価マニュアル
- うつ病と予防学的介入プログラム
- 日本版CU特性スクリーニング尺度開発
名前
亀井幹子
経歴
- 臨床心理士
- 公認心理師
- 早稲田大学大学院人間科学研究科 修了
- 精神科クリニック勤務
取材執筆活動など
- メディア・研究活動
- NHK偉人達の健康診断出演
- マインドフルネスと不眠症状の関連
[1] 大矢睦, 大矢大(1990).自己愛パーソナリティの1症例 関西医科大学雑誌 42巻 3号
[2] 松並(2013).自己愛に関する研究の概観
[3] 加藤敏, ら編(平野羊嗣:分担,編集協力者)(2011).精神医学事典 弘文堂
[4] Gabbard,G.O.(1994).Psychodynamicpsychiatryin clinicalpractice: The DSM-Ⅳ edition.Washington:AmericanPsychiatricPress.
[5] ギャバード,G.O. 舘 哲朗(監訳)(1997).精神力動的精神医学 その臨床実践 「DSM-4版」 3
[6] 林直樹(2008),パーソナリティ障害診断の現状と問題点:都立松沢病院病歴統計から,精神経誌,110,9,p805-p812
[7] 高橋三郎,大野裕(2014).DSM-5精神疾患の分類と診断の手引き 医学書院
[8] 融道男,中根允文,小見山実,岡崎祐士,大久保善朗監訳 (2011) .ICD‐10 精神および行動の障害―臨床記述と診断ガイドライン 医学書院
[9] 根岸・山口(2016).大学生の自己愛類型と対人葛藤方略の関連性について 桜美林大学心理学研究 Vol.7
[10] 下司・小塩(2019).Dark Triadと他者操作方略との関連 パーソナリティ研究