カタルシスの意味
皆さんこんにちは。心理学講座を開催している公認心理師の川島達史です。今回は「カタルシス」について解説していきます。
目次は以下の通りです。
①カタルシスの意味とは
②カタルシスの研究と活かし方
③関連コラム
是非最後までご一読ください。
①カタルシス効果の意味
意味
カタルシス効果は「心の浄化作用」とも呼ばれ、以下の意味があります。
心の中にため込んだ悩みを何らかの形で吐き出し発散することで、悩みが整理され、心理的に安定すること。
つまり、私たちが心の重荷から解放される瞬間を指して、「カタルシス効果を経験した」と言います。
歴史
このアンナの治療過程は、「カタルシス効果」としてその後の心理療法に大きな影響をもたらしました。
1880年代初頭、ブロイアーという心の専門家が治療中の患者で、21歳の女性であるアンナに興味深いケースに遭遇しました。アンナは、特異な問題を抱えており、彼女は水を摂取することに対して異常な困難を抱えていました。
アンナは、ブロイアーとのセッションを通じて、嫌な出来事の記憶を再び思い出しました。具体的には、彼女が子供の頃に家庭教師によってコップから犬に水を飲ませられる光景に遭遇した出来事です。この記憶を細部まで語り出すと、アンナの悩みや症状が軽減されていったのです[1]。
このアンナの治療経験は、その後の心理療法において非常に重要な役割を果たし、特に「カタルシス効果」として広く知られるようになりました
以下、カタルシス効果の歴史の流れを折り畳みで解説しました。理解を深めたい方は参考にしてみてください。
「カタルシス」は、哲学、医学、宗教、心理学など、様々な分野で使われる言葉です。それぞれの分野で少しずつ意味が異なります。
哲学
紀元前330年ごろ、アリストテレスという学者が初めて「カタルシス」という言葉を使用しました。彼の著書である『詩学』において、面白い物語を構築する方法について詳細に記述されています。アリストテレスは、
観客を引き付けるには、「悲劇によって観客の心に怖れと憐れみを呼び起こし、解決することで精神を浄化する」ことが重要。
と記され、以降からカタルシスとして使われるようになりました。現代においても映画、演劇、小説などで使われてる手法ですね。
医療
医療分野では紀元前330年から紀元前6年ごろまで、患者に薬剤を投与して嘔吐を誘発させる治療法を指しました。また、宗教界では紀元前6年から紀元5年ごろまで、「魂の浄化」を表す用語として使用されました。
宗教
紀元前6年から紀元5年ごろには、宗教的な文脈で「カタルシス」は新たな意味合いを持つようになりました。この時期、特にオルペウス教などの宗教で、「カタルシス」は「魂の浄化」を指す用語として広まりました。この言葉は、語源的には「体内の有害物質を排除する行為」とも関連付けられ、また「宗教的な浄め」を示す意味でも用いられました。
心理
*ブロイアーとカタルシス
1880年から1882年にかけて、精神科医ブロイアー(ジョセフ・ブロイアー)は、アンナという患者のヒステリー症状の治療に携わりました。この治療の中で、アンナは抑え込んでいた感情を表現する機会を得た結果、彼女のヒステリー症状が改善されました。この驚くべき現象はブロイアーによって「カタルシス効果」と名付けられました。
*フロイトとカタルシス
1880年から1894年にかけて、ブロイアーによって初めて観察されたカタルシス効果を発展させたのが、精神分析医ジークムント・フロイトです。フロイトは催眠状態下でのカウンセリングを行いました。
催眠状態に入ると、患者たちは過去の心の傷やトラウマについて語り出すことが多かったため、フロイトは催眠時のカタルシスが症状の改善に寄与する可能性を考えました。
*講師の視点
カタルシス効果はカウンセリングの文脈において極めて重要です。クライアントが感情を解放し、涙を流すことで、悩みが整理され、前向きな感情が浮かび上がります。クライアントが自身の感情に向き合い、それらを共有することは、回復や成長に向けた重要なステップです。そういった姿を見ると、カタルシス効果は本当にあるのだな…と感じます
健康的なカタルシス
カタルシスには、健康的なアプローチと不健康なアプローチが存在します。健康的なカタルシスは、悩みやストレスを無害な方法で解消しようとすることを指します。以下はその例です。
好きな異性に告白する
悩みを打ち明けてすっきりした
運動をして発散する
休日にコスプレをする
不健康的なカタルシス
一方、不健康なカタルシスは、攻撃性や害を伴う方法で感情を処理しようとすることを指します。以下はその例です。
SNSで誹謗中傷
喧嘩をする
他人を陥れる
虐待をする
報道される通り魔事件など、犯罪行為の背後にはしばしば鬱積した感情が存在します。これらの感情に耐えかねて、攻撃性な手段で心の整理を試みるケースがあります。
「悩みやストレスを発散する」という一言でも、アプローチ方法によってその方向性が大きく異なります。したがって、健康的なカタルシスを追求し、適切な方法で感情を処理することが重要です。
②カタルシスの研究と活かし方
ここからは、カタルシスの研究事例を参考に、日常生活での活かし方を紹介していきます。
①悩みを打ち明ける
②芸術鑑賞
③笑いを大切にする
④空想にふける
⑤スポーツを観戦する
⑥朗読をする
①悩みを打ち明ける
抱えている悩みやストレスを他の人に打ち明け、その出来事や感情を十分に共有することは、感情的な整理を助ける重要な手段です。一人で悩みを抱え込まないように、誰かに相談する機会を持つことが大切です。
井上ら(2019)[2] の研究は、大学生50人に対して、幼稚園の実習でストレスを感じた際のストレス対処方法について調査しました。調査の結果、話を聴いてもらうことによるカタルシスが最も高い得点を示しています。同級生と実習の状況について話し合い、互いに共感し合うことで、ストレスの処理と克服に役立ったことが示されています。
この研究は、感情を共有し、他人によるサポートを受けることがストレスの軽減や解消に寄与することを強調しており、個人が感情的な負担を軽減するために、他人とのコミュニケーションと共感を活用する重要性を示唆しています。
②芸術鑑賞
カタルシスは、その名前通りに「浄化」という意味を持ち、心の不透明な感情や悩みを浄化する効果があることが知られています。
橋場ら(2018) [3]の研究では、就労移行支援事業所の退所者に対してフォーカシングとアートを組み合わせたプログラムが実施されました。このプログラムでは、絵画やコラージュなどのアート表現を通じて、カタルシスが実感されたと報告されています。カタルシスを経験した参加者たちの中には、その結果として「書いたことで楽になった」「気持ちがすっきりした」といった発言があるとのことです。
こうした事例からも、カタルシスは心のモヤモヤや感情の整理を助け、心の重荷を軽減する役割を果たすことが示唆されています。
③笑いを大切にする
感情を表現することが、カタルシス体験に導く重要な要素です。感情の表出は、笑うこと、泣くこと、怒ることなど多くの形で表れますが、中でも「笑い」には特にカタルシスの効果があるとされています。笑いが心に及ぼすポジティブな影響は、ストレスの軽減や感情の整理につながり、気分をリフレッシュさせる役割を果たすことが知られています。
④空想にふける
フェッシュバック(Feshbach, N.T.)の1955年の研究[4] では、大学生を対象に、カタルシスの効果を測定するために「侮辱のみ群」と「侮辱+空想群」に分けられました。研究内容はやや専門的ですが、簡単に説明します。
「侮辱のみ群」
実験者から侮辱的な態度を受けた後、被験者の攻撃性が測定されました。
「侮辱+空想群」
実験者から侮辱的な態度を受けた後、被験者に「絵を見せられ、それを元に物語を空想する」課題が与えられました。その後、攻撃性が再び測定されました。
結果として、「侮辱+空想群」の方が攻撃性が低かったという結論が導かれました。言い換えれば、自由な空想活動を通じてストレスが軽減され、カタルシス効果が観察されたことを示唆しています。
この研究から、イライラやストレスが高まったときに、芸術を鑑賞したり、漫画を読んだり、自然の中でくつろいだりすることが、時には必要な手段であることが示唆されています。
⑤朗読をする
藤野(2012)[5] の研究では、大学生と大学院生43名を対象に、朗読前と朗読後の気分の変化を比較しました。以下に、その結果を示します。ここでは、「怒り-敵意」と「疲労」の2つの要素に焦点を当ててみましょう。
まず、怒り-敵意に注目してみましょう。
実験前と実験後の平均値を比較すると、実験後の方が「1.24」と低くなっていることが分かります。つまり、朗読を行うことで、怒り-敵意が低減する可能性が示唆されます。
次に、疲労に焦点を当ててみましょう。
実験前と実験後の平均値を比較すると、実験後の方が「4.29」と低くなっていることが分かります。朗読を行うことで、疲労が軽減される可能性が考えられます。この研究では、他にも緊張、不安、混乱なども同様に低下することが報告されています。
朗読を用いたカタルシス効果は、精神疾患の治療にも応用されており、不登校、睡眠障害、摂食障害などの事例に対しても効果があるとされています。
日常生活で気分が不安定になることはよくあります。そのような時に、手軽な方法として朗読を取り入れることは、自分自身をリラックスさせる手段として有用かもしれません。自分の好きな本や詩を読むことで、心を穏やかにする機会を作りましょう。
⑥スポーツ観戦をする
松浦(2015)[6] の研究では、大学生100名を対象に、4つのスポーツ観戦場面におけるカタルシスを測定しました。具体的なシチュエーションは以下の通りです。
サッカーの試合 – 観客が盛り上がっている状況
サッカーの試合 – 静かな状況
テニスの試合 – 観客が盛り上がっている状況
テニスの試合 – 静かな状況
被験者にはこれらの場面におけるカタルシスの感じ方について想像してもらい、回答を提供してもらいました。得られたデータを分析した結果、以下の表に示された情報が得られました(一部改変しています)。
まず、サッカーに焦点を当ててみましょう。
このデータから、観客が盛り上がっている場面では、カタルシスの効果が高くなっていることが明らかです。静かな状況で試合を静かに観戦するよりも、熱狂的な応援を共有することが感情の発散に寄与していることが示唆されます。
次に、テニスに焦点を当ててみましょう。
テニスでも同様に、観客が盛り上がっている場面でのカタルシスが高くなっています。サッカーとテニスを比較すると、観客の盛り上がりがカタルシスに大きな影響を与えていることが示唆されます。競技自体よりも、共感と興奮が感情の発散に重要な役割を果たしているようです。
この研究から、感情を共有し、一体感を持つ経験がストレスの解消や心の健康に寄与することが示唆されています。お気に入りのスポーツチームやアイドルを応援し、共感し合うことは、心の健康にとても良いことであると言えるでしょう。
③関連コラム
昇華とは
当コラムではカタルシスの意味や効果を中心に解説してきました。カタルシスと近い概念に昇華があります。さらに理解を深めたい方はぜひ下記を参考にしてみてください。
精神分析的心理療法
カタルシスはフロイトが提唱した精神分析の1つになります。精神分析を理解したい方は以下のコラムを参照ください。
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ダイコミュ用語集監修
名前
川島達史
経歴
- 公認心理師
- 精神保健福祉士
- 目白大学大学院心理学研究科 修了
取材執筆活動など
- NHKあさイチ出演
- NHK天才テレビ君出演
- マイナビ出版 「嫌われる覚悟」岡山理科大 入試問題採用
- サンマーク出版「結局どうすればいい感じに雑談できる?」
YouTube→
Twitter→
名前
長田洋和
経歴
- 帝京平成大学大学院臨床心理学研究科 教授
- 東京大学 博士 (保健学) 取得
- 公認心理師
- 臨床心理士
- 精神保健福祉士
取材執筆活動など
- 知的能力障害. 精神科臨床評価マニュアル
- うつ病と予防学的介入プログラム
- 日本版CU特性スクリーニング尺度開発
名前
亀井幹子
経歴
- 臨床心理士
- 公認心理師
- 早稲田大学大学院人間科学研究科 修了
- 精神科クリニック勤務
取材執筆活動など
- メディア・研究活動
- NHK偉人達の健康診断出演
- マインドフルネスと不眠症状の関連
[1] 中野 明徳 (2011). S.フロイトのヒステリー論 : 心的外傷の発見 福島大学総合教育研究センター紀要, 10, 15-24.
[2] 石川 洋子・井上 清子 (2021). 保育所実習のストレスとストレスコーピングについて 生活科学研究, 43, 31-38.
[3] 蓮花 のぞみ (2008). 青年期と成人期における愛着スタイルと防衛スタイルの関連性. 生老病死の行動科学, 13, 3-13.
[4] Feshbach, S. (1955). The drive-reducing function of fantasy behavior. Journal of Abnormal and Social Psychology, 50, 3-11.
[5] 藤野 雄教・桂川 泰典・菅野 純 (2012). 朗読によるカタルシス効果 日本教育心理学会第54回総会発表論文集, 649.
[6] 松浦 元貴 (2015). スポーツ観戦によるカタルシス効果 高知工科大学(平成27)年度学士論文 Retrieved from https://kochi-tech.ac.jp/library/ron/pdf.2015/03/14/a1160474.pdf (2021年7月14日)