モラトリアムの意味とは
皆さんこんにちは。心理学講座を開催している公認心理師の川島達史です。今回は「モラトリアム」について解説していきます。
目次は以下の通りです。
①モラトリアムとは何か
②モラトリアムの構成要素
③モラトリアムの期間
④モラトリアム研究
⑤アイデンティティステータス4分類
⑥関連コラム
最後まで読むとモラトリアムの意味を一通り理解することができます。是非最後までご一読ください。
①モラトリアムとは何か
モラトリアムの意味
モラトリアムは以下のように定義されています。
能力がまだ十分に発揮していない青年が、社会に対して一定の距離を置いている状況。この時期に青年は生きるために働くのではなく、自由な精神で修行や役割実験に取り組むことができる(心理学辞典,1999,一部簡略化)[1]
エリクソンの心理社会的発達理論、より広範な社会的文脈の一部として、自分が個人として何者であるかを発見するという課題の中で、若者がアイデンティティに永続的にコミットする前に、別の役割を試してみる思春期の実験期間(APA Dictionary of Psychology,2023,一部簡略化)[2]
具体的には、やりたいことをじっくり探す、社会的な立ち位置を模索する、どう生きるべきかを模索するこれらの期間を意味します。モラトリアム期間はこのように、やりたいことが見つからない状態で、自分と向き合う期間として使われています。
語源
モラトリアムとは、元々経済学の用語でした。戦争等の緊急時に社会的な混乱を防ぐために法令として、債券の支払いを猶予する意味で用いられました。例えば1931年にドイツの賠償金の支払いをアメリカが延期した、フーヴァーモラトリアムが有名です。
提唱者
1959年になると、発達心理学者のエリクソンが心理学の世界でモラトリアムという用語を使い始めました。エリクソンは人間が人生を通してどのように心を成長させていくのかを考えた学者です。エリクソンは「Identity and The Life Cycle」という書籍の中で、比喩的に「Psychosocial moratorium」という言葉を使いました[3]。それ以来、モラトリアムは心理学の世界で浸透していったのです。
ちなみにエリクソンは1994年までご存命でした。生前の様子もあります。
②モラトリアムの構成要素
モラトリアムは、さまざまな要素が複雑に絡み合って生じます。ここでは、モラトリアムの成り立ちについて考えていきましょう。下山(1992)[4]によると、モラトリアムは以下の5つの構成概念から成り立っていると報告されています。
1.回避
将来的な展望が全くなく、職業決定に対して無気力で回避しがちになります。職業選択を先延ばしにするモラトリアムの典型的な要素とも言えます。
2.拡散
職業決定の意思はあるものの、方向性がブレてしまい、心理的に不安定な状態です。「回避」のように、自ら仕事選びを先延ばししているのではなく、決めあぐねによって結果的にモラトリアムになっています。
3.安易
職業決定を先延ばしはしないものの、真剣に向き合っていない状態です。将来への意欲がなく、受動的で安易な選択に終結することが多いです。
4.延期
大学期を社会的な責任を免除された期間とみなし、職業選択を先延ばしする状態です。大学期間は、自由に遊び楽しむが、必要な時が訪れれば、社会的な活動にも参加することが特徴です。
5.模索
自主的に職業選択に取り組み、社会的な責任を果たす努力をしている状態です。職業選択の重要性を考え、積極的に自分に適した仕事を模索するのが特徴です。
モラトリアムにも様々なパターンがあり、それぞれの強さによって行動も変わってきます。積極的に将来を模索する人もいれば、完全に放棄してしまう人もいるので、自分にあった傾向を考えておきましょう。
③モラトリアムの期間
エリクソンの時代
エリクソンの時代ではモラトリアム期間は13歳から20歳ごろと仮定されていました[5]。これはエリクソンの時代は工業化社会の時代であり、一般的には20歳には社会に出ている人が大半であったことが時代背景にあります。
エリクソンによると、青年期は自分のアイデンティティ(自分らしさ)を見つけるために、さまざまな役割や生き方を試す時期です。この時期には、社会からの期待や圧力が少なく、自由に自分探しをすることができます。エリクソンはこのような青年期を心理社会的モラトリアムと呼びました。心理社会的モラトリアムという言葉は、一時的に社会的な義務や責任から解放されることを意味します。
現代社会
現在の日本では大学進学率が50%を超え、20歳の時点で社会に出ている人は少数派となっています[6]。またいったん就職をしたとしても、3年内離職率は30%以上であり、モラトリアム期間が継続していると推測されています。
新規学卒就職者の就職後3年以内離職率 ( )内は前年比増減
【 大学 】 32.0% 【 短大など 】 42.0%
【 高校 】 39.2% 【 中学 】 62.4%
*出典厚生労働省(2016)
日本では、1960年代後半から、大学や短期大学に進学する青年が増えたとされています。これによって、青年期の若者は社会に入る時期が延期され、「自分のやりたいことは何か」「どんな人生を歩みたいか」を考える期間が生まれました。この時期は心理社会的モラトリアム期と呼ばれています。
当時の心理社会的モラトリアム期は、ちょうど高度経済成長期と重なり、親や社会から経済的な支援を受けることができました。そのため、青年期の若者は働かなくても、ある程度楽しく生きることができました。一方で、このような状況は、自己探求を延期させ、モラトリアムを引き延ばす要因にもなっています。
エリクソンが考えた心理社会的モラトリアムは、工業社会から脱工業社会への移行に伴って、職業の専門化や教育の長期化が進んだことで、先進国の青年期における一般的な状況となったと言われています。
人生の危機でも起こる
モラトリアム期間を脱していきいきとした生活をしていたとしても、なんらかの危機により再びモラトリアム期間に入ることもあります。
例えば、会社の倒産により無職になる、子育て期間が終わる、リタイア後にやることがなくなる、スポーツ選手が引退したあと目標を見失うなどが挙げられます。私たちの人生はモラトリアム期間を定期的に体験することになるのです。
④モラトリアム研究
回避と職業決定
下山(1992)[4]は大学生369名を対象に、モラトリアムの下位分類を行いました。今回は結果の一部として、モラトリアムとアイデンティティの関係を示します。以下の図をご覧ください。
上図は、モラトリアムの典型例である「回避傾向」がある人ほど、職業決定がしにくく、アイデンティティを確立しにくいことを表しています。
拡散とアイデンティティ
続いて、以下の図をご覧ください。
上図は、何をしていいかわからないという状態を表す拡散傾向が高いほど、アイデンティティの確立がしにくいことを表しています。つまり、職業選択の方向性を決めあぐねることで、アイデンティティが漠然としていくと考えられます。
⑤アイデンティティステータス4分類
エリクソンが提唱したアイデンティティという概念を発展させたのがJ.E.Marcia(1966)[7]です。Marciaは、「危機」と「積極的関与」という2つの観点からアイデンティティをとらえ直しました。「危機」とは、自分の人生について真剣に悩んでいるかどうかです。「積極的関与」とは、人生の重要な領域に主体的に関与をしているかどうかです。
そして、これら観点から、Marciaはアイデンティティ・ステータスを4つに分けました。この4分類を知ることで、自分や他人のアイデンティティの性質を知ることができます。
拡散(Diffusion)
拡散とは、自分の人生について主体的な選択ができない状態のことです。危機の有無にかかわらず、積極的な関与ができません。自分は何がやりたいのか分からず、途方にくれています。拡散の人はしやすく、他者との親密な関係を形成できません。また、むさしさや自意識過剰、偶然に身を任せるといった特徴があります。
早期完了(Foreclosure)
早期完了とは、危機を経験していないのにも関わらず、積極的関与をした結果、一見すでにアイデンティティが確立されたような状態のことです。しかし、その価値観は吟味なしに無批判で身に着けたものであり、見せかけです。
早期完了の人は両親とは密着した関係にあり、その考えや価値感を身につけています。職業の選択にも親が積極的に関与しています。
早期完了の人は心理的な悩みや危機をあまり経験しておらず、考えも硬く融通がきかないため、自分の価値観が通用しないような状況に置かれると混乱し防衛的な行動をとります。
モラトリアム(Moratorium)
モラトリアムとは、エリクソンが心理的・社会的な責任の猶予期間と呼んだものです。モラトリアムの人は大人なるために必要な自分の適性や価値観を探求している、つまり危機を経験しつつある群です。
「自分はいったい何がしたいのだろう」と悩むイメージです。モラトリアムの人はいろいろな事に関心を持ち、積極的に関与しようと試みますが、それがあいまいで焦点が定まらずに悩みます。モラトリアムにはネガティブなタイプとポジティブなタイプがあります。ネガティブなタイプは「明日できることは今日しない」ような楽に生きようとする人です。
ポジティブなタイプは目の前に興味のあることがあるからそれに打ち込む人で、大器晩成の要素をもっています。
達成(Achievement)
達成とは、危機を経験し、それを通じて自分で選択した人生のあり方に対して積極的に関与をしている状態のことです。つまり、自分なりのアイデンティティをそれなりに確立している人たちです。
達成の人は自分についてこれまで悩んだ経験がもとになっており、何ごとも自分の意思で選択し、それに積極的に関与しようとする姿勢を持ち、かつ柔軟に対処できるのが特徴です。
達成の人は自己評価が高く、親密な人間関係の形成が可能です。達成は青年期ではまれなステータスであり、達成以外の3ステータスは達成に至るまでのバリエーションととらえることもできます
⑥関連コラム
モラトリアムの脱し方
姉妹コラムとしてモラトリアムから脱する方法を解説しました。具体的には、日記法、メタ認知、期限を決めるなどを解説しています。自分と向き合いたい方は下記のリンクを参照ください。
やりたいことの見つけ方
モラトリアム期間は、やりたいことがみつからない…という悩みを抱えがちです。下記のコラムではやりたいことを見つけるコツを8つ解説しました。興味がある方は参考にしてみてください。
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ダイコミュ用語集監修
名前
川島達史
経歴
- 公認心理師
- 精神保健福祉士
- 目白大学大学院心理学研究科 修了
取材執筆活動など
- NHKあさイチ出演
- NHK天才テレビ君出演
- マイナビ出版 「嫌われる覚悟」岡山理科大 入試問題採用
- サンマーク出版「結局どうすればいい感じに雑談できる?」
YouTube→
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名前
長田洋和
経歴
- 帝京平成大学大学院臨床心理学研究科 教授
- 東京大学 博士 (保健学) 取得
- 公認心理師
- 臨床心理士
- 精神保健福祉士
取材執筆活動など
- 知的能力障害. 精神科臨床評価マニュアル
- うつ病と予防学的介入プログラム
- 日本版CU特性スクリーニング尺度開発
名前
亀井幹子
経歴
- 臨床心理士
- 公認心理師
- 早稲田大学大学院人間科学研究科 修了
- 精神科クリニック勤務
取材執筆活動など
- メディア・研究活動
- NHK偉人達の健康診断出演
- マインドフルネスと不眠症状の関連
[1] 中島 義明・子安 増生・繁桝 算男・箱田 裕司・安藤 清志(編)(1999).心理学辞典.有斐閣 P712
[2] American Psychological Association (2023).moratorium APA Dictionary of Psychology
[3] Erik H. Erikson(1959). Identity and The Life Cycle
[4] 下山晴彦 (
教育心理学研究 40 巻 2 号[5] 髙坂 康雅(2016).大学生活の重点からみた現代青年のモラトリアムの様相:「リスク回避型モラトリアム」の概念提起 発達心理学研究 27 巻 3 号
[6] 厚生労働省(2016).新規学卒就職者の離職状況(平成28年3月卒業者の状況)を公表します
[7] Marcia, J. E.(1966).Development and validation of ego-identity status. Journal of Personality and Social Psychology, 3(5), 551-558