妄想分裂ポジション
皆さんこんにちは。コミュニケーション講座を開催している公認心理師の川島達史です。今回は「妄想分裂ポジション」について解説していきます。目次は以下の通りです。
①妄想分裂ポジションの意味とは
②提唱者
③分裂とは
③対象関係論とは
④関連コラム
是非最後までご一読ください。
妄想分裂ポジションの意味とは
意味
APA心理学辞典(2022)[1]によれば、妄想分裂ポジションは以下のように定義されています。
生後6ヶ月までの期間で、乳児が世界を部分対象で知覚し、本能によって死への恐怖や不安を発達させる期間である。(一部改変して掲載)
妄想分裂ポジションとは、生後6か月までの心の状態のことを意味します。この期間では世界を部分的にしか認識することができません。例えば、乳児はお母さんを全体像で捉えることができず、乳房のみを対象に捉えます。
また敵か、味方かという二元的に物事をとらえ、敵だと感じる相手には自らの攻撃性を投影してしまいます。
抑うつポジションの意味とは
抑うつポジションは、妄想分裂ポジションと比較する概念として説明されます。抑うつポジションは、クラインによるパーソナリティ障害理解の中で鍵となる概念であり、発達心理学において重要視されています。具体的には、以下の意味があります。
妄想-分裂ポジションの後に、生後4か月頃から1歳の終わりまで発生し、小児期および成人期、特にうつ病の状態に時々再発する対象関係の様式[2]
母親からの叱りによる「しょんぼりとした感情」が、自我と他者の区別を生み出し、対象の怒りが自分の行為に関連していることを理解させます。抑うつポジションは罪悪感や自己反省の源であり、母親を癒そうとする一方で、その力の不安も生じます。
正常な発達には「良い母親」だけでなく、「悪い母親」が叱ることも必要とされます。抑うつポジションの発達が妨げられると、他者への思いやりが未熟なまま残り、叱られる関係がパーソナリティ障害の回復において重要であることが示唆されます。
提唱者
メラニー・クラインは1946年に論文「分裂機制についての覚書(Notes on some schizoid mechanisms)」で妄想-分裂ポジションを提唱しました[3]。この論文では、分裂や投影同一化など、クライン派に欠かせない概念が創出されました。
1882年
メラニー・クラインはユダヤ人の家庭に生まれ、幼少期のほとんどをウィーンで過ごしました。
1903年
21 歳の時に工業化学者の夫と結婚しました。その後数年間の間に4人の子供を出産をするもうつ病を発症。
1910 年
家族でブダペストに引っ越した直後、クラインは精神分析医のサンダー フェレンツィのもとで治療を受けました。この治療がきっかけで、クラインは精神分析の研究に興味を示すようになりました。
1921年
カール・アブラハムの指導の下、ベルリン精神分析協会に参加。クラインは自分の子供たちを観察することから研究を始めました。遊びや交流を観察して分析することで、エディプス・コンプレックス、超自我の発見に貢献しました。クラインの初期の研究は、特に英国で精神分析の理論と技術の発展に強い影響を与えました。一方でフロイトの理論とは対立するため、精神分析の世界で長年議論されてきました。
1932年
著書The Psychoanalysis of Childrenの中で、「対象関係論」を提唱しました。対象関係論とは、自分(主体)と対象との関係がパーソナリティを左右するという理論を前提に、幼児が養育者との関係を築く過程を示した理論です。
1946年
Notes on some schizoid mechanismsの論文で、乳児期からの分裂機制についてまとめ、分裂的パーソナリティにおける対象関係や防衛機制について説明しました。その中で、妄想-分裂ポジションを提唱しました。
分裂とは
妄想分裂ポジションの期間によく用いられる防衛機制として「分裂」が挙げられます。
分裂の意味とは
分裂(splitting)はフランスの心理学者であるジャネが発見した概念で、アンナ・フロイトによって以下のように定義づけられています[4]。
自己と他者の肯定的特質、否定的特質のどちらかに注目し、両方を全体として捉えることができない状態
分裂癖がある人は、相手の良い面を見ているときは、大好きになります。一方で、一度悪い面を見つけると良い面の一切を見れなくなり、悪い面のみを見ることになります。
その結果、大好きだった人を、今度はこけ下すように大嫌いになってしまうのです。
分裂の具体例
分裂の心理を深く理解したい方は以下の例を展開してみてください。
登場人物
・たけし君
分裂癖がある 好き嫌いが激しい
・かずお君
正義感が強く社会貢献への意識が高い
たけし君はかずお君をいつも尊敬していました。かずお君のように立派な人になりたい!と考えてました。
そんなある日です。たけし君は、かずお君が飲み会の席で、人の悪口を言っているのを目撃しました。
たけし君は、びっくりしました!「かずお君は実は裏の顔があり、信用できない人だ」と考え、悪口を言ったかずおくんのイメージを頭のなかで何度も繰り返してしまいます。
その結果、たけしくんは、かずお君の悪い面だけをみるようになり、嫌いになってしまいました。
*講師の視点
たけし君は典型的な分裂を起こしています。かずお君のこれまでの前向きな活動を一切忘れ、悪口を言ったという部分だけを見てしまっています。
ちなみに、健康的な方は、たまには悪口を言うのが人間だ…かずお君にもそんな時があるよね。統合することができます。
登場人物
・よしみさん
好き嫌いが激しい SNSが本音と考える
・のりお君
表裏があるタイプ
好き嫌いが激しい人には、つぎのような発言があります。
「Twitterのつぶやきが本音。リアルでの発言は偽りだ!」
会社の飲み会に参加した「よしみさん」は、いつも前向きな「のりお君」が、「楽しい♪~」と言いながら飲み会を盛り上げている様子を見たとしましょう。
一方で「のりお君」は、帰宅後のTwitterで「会社の飲み会苦痛」とつぶやいていました。
不運なことに「のりお君」のTwitterでのつぶやきを見た、好き嫌いが激しい「よしみさん」は、「のりお君」の良い面を一切見れなくなってしまいました。
登場人物
・はなこさん
好き嫌いが激しい 特に人の食べ方にこだわりがある
・たろう君
誠実 親切 不器用なタイプ
好き嫌いがある場合は、
「○○さんの食べ方許せない!お付き合いをできない!!」
と思ってしまうことがあります。
「はなこさん」にとって、「たろう君」は理想的な人でした。しかし、お付き合いを続けるうちに、「たろう君」のとても残念な点に気づきました。
食事が下品…好き嫌いが激しい「はなこさん」は自分の理想と異なる「たろう君」の一面を許すことができず、「たろう君」の良い面に目を向けられなくなってしまいました。
対象関係論とは
妄想分裂ポジションと、抑うつポジションの関係は対象関係論の中で詳しく説明されています。対象関係論とは、対象との関係を重要視し、乳児期における母親との依存関係、無意識、ビドーに焦点を当てた精神分析の方法です。
対象関係論には大きく、部分対象関係と全体対象関係の2つがあります。
部分対象関係
妄想分裂ポジションは、部分対象関係に当てはまります。
部分対象関係とは、対象(養育者や母親)を分裂して、捉える乳児の心の発達段階です。この時期の乳児は母親のおっぱいを
よく出るおっぱい
出ないおっぱい
の2つ分け、以下のように分割して捉えます。
よく出るおっぱい →良いおっぱい →好き
出ないおっぱい →悪いおっぱい →嫌い
乳児期の赤ちゃんは良い部分と悪い部分があることを知ることができません。その都度の満足や不満足が対象との関係を形成します。
これは一時的で断片的な関係であり、「良い」「悪い」が基準です。部分対象関係は幼少期だけでなく、大人にも見られ、成熟しても残存することがあります。
全体対象関係
抑うつポジションは、全体対象関係に当てはまります。
全体対象関係は離乳期以降に発達し、対象を独立した存在として捉える能力が育まれます。この段階では、母親が欲求をすべて満たしてくれる存在ではないことを理解し、対象を全体的かつ総合的に捉えるようになります。ここで赤ちゃんは、
お母さんのおっぱいには良い部分・悪い部分がある。お母さんのおっぱい悪く言ってゴメン…全部含めてお母さんが大好き
と人を全体として「統合する」練習をしていきます。赤ちゃんは、2つのおっぱいを通して、葛藤し、お母さんを全体的に捉えていくのです。
成熟するにつれて、相手の都合や気持ちを理解する視点が広がり、部分対象関係よりも全体対象関係が優勢になります。全体対象関係は発達して成熟していくものであり、相手の全体的な特性や関わり方を理解する能力が重要です。
そのため、幼さとは部分対象関係が優勢であることを指し、これが特にパーソナリティ障害の人に見られる傾向があるとされています。
統合できない人
抑うつポジションへの移行は健康的な親子関係であれば、自然と練習できるものですが、身体的虐待、育児放棄など、適切な育児が受けられなかった乳児は、その後の対人関係の好き嫌いが極端になりやすくなると言われています。
ここからはカウンセラーとしての体感となりますが、対人関係で相手の特徴を統合できない方は、確かに家庭環境に問題があったあったかたが多いと感じています。
関連コラム
精神分析的心理療法
対象関係論は精神分析的心理療法がベースにあります。理解を深めたい方は以下のコラムを参照ください。
子供の愛着障害
幼少期の母子関係に問題があると愛着障害につながることがあります。理解を深めたい方は以下のコラムを参照ください。
仕上の動画
分裂については動画でも解説しています。仕上げとしてご活用ください。
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ダイコミュ用語集監修
名前
川島達史
経歴
- 公認心理師
- 精神保健福祉士
- 目白大学大学院心理学研究科 修了
取材執筆活動など
- NHKあさイチ出演
- NHK天才テレビ君出演
- マイナビ出版 「嫌われる覚悟」岡山理科大 入試問題採用
- サンマーク出版「結局どうすればいい感じに雑談できる?」
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名前
長田洋和
経歴
- 帝京平成大学大学院臨床心理学研究科 教授
- 東京大学 博士 (保健学) 取得
- 公認心理師
- 臨床心理士
- 精神保健福祉士
取材執筆活動など
- 知的能力障害. 精神科臨床評価マニュアル
- うつ病と予防学的介入プログラム
- 日本版CU特性スクリーニング尺度開発
名前
亀井幹子
経歴
- 臨床心理士
- 公認心理師
- 早稲田大学大学院人間科学研究科 修了
- 精神科クリニック勤務
取材執筆活動など
- メディア・研究活動
- NHK偉人達の健康診断出演
- マインドフルネスと不眠症状の関連
・出典
[1] American Psychological Association.paranoid-schizoid position.APA Dictionary of Psychology
[2] Andrew M. Colman(2008). depressive position. A Dictionary of Psychology (3 ed.),Oxford University Press
[3] メラニー・クライン (著), 小此木 啓吾, 岩崎 徹也 (翻訳)(1985).「分裂機制についての覚書」-妄想的・分裂的世界(メラニー・クライン著作集4) メラニー・クラインの著作集 /Melanie Klein(1946).Notes on some schizoid mechanisms. Int. J. Psycho-Anal., 27: 99-110. Reprinted in The Writings of Melanie Klein, Vol. 3, pp.1-24, Hogarth Press, 1975.
[4] Janet, Pierre (1899). De l’Automatisme Psychologique [Of Psychological Automatism]