心的外傷後成長の意味
皆さんこんにちは。心理学講座を開催している公認心理師の川島達史です。今回は「心的外傷後成長」について解説していきます。
目次は以下の通りです。
①心的外傷後成長(PTG)とは
②PTGと5つの成長
③心的外傷後成長のきっかけ
④心的外傷後成長の研究
⑤関連コラム
是非最後までご一読ください。
①心的外傷後成長とは
意味
PTGとは「Post-traumatic growth」の頭文字を取った用語です。日本語では心的外傷後成長と訳されています。PTGは以下のような意味があります。
危機的な出来事や困難な経験との精神的な葛藤や闘いの結果生じるポジティブな心理的変化の体験のこと
(Tedeschi,2004)[1]
私たちの心は、挫折や困難の際に、一時的に傷つくこともあるのですが、大概の場合はそれを乗り越えて、むしろ成長していくとされています。
提唱者
心理学者のリチャードGテデスキは1996年に「The Posttraumatic Growth Inventory: Measuring the positive legacy of trauma」という論文を発表し、心的外傷後に成長する条件を整理しました[2]。テデスキはトラウマになるような体験をした人の90%近くが、その後何らかの心理的成長を遂げることを発見しました。
②PTGと5つの成長
テデスキの研究では、PTGには主に5つの側面があると主張しています。
① 他者との関係が変化
Relating to others
大きな困難を乗り越えると、以前よりも人間関係を深く意味のあるものと考えられるようになります。例えば、大きなケガをすると、様々な人の助けを借りて回復していく体験をします。その結果、自分がいかに人間関係で恵まれていたかを感じ取り感謝できるようになっていきます。
② 新しい可能性に気がつく
New possibilities
挫折や嫌な体験をしたときは、自分と深く向き合う時間が増えます。その結果、どう生きるべきか、何を目標に生きて行くべきかが明確になっていくことがあります。筆者の体験で恐縮ですが、以前引きこもりを体験したことがあり、その体験があったからこそ、心理学を深く勉強する動機をもらったと感じています。
③自分の長所に気が付く
Personal strength
辛い時期を乗り越えるには、精神的な強さや、能力をフル活用する必要があります。その結果、普段は気がつかなかったたくさんの強みが発見されることがあります。
④精神的変容
Spiritual change
挫折を乗り越えたあとは、信仰が深くなったり、倫理観が向上することがあります。例えば、死の淵から回復した方は、神様に活かされたような感覚になることがあります。その結果、元々信じていた宗教を大事にしたり、無宗教の場合は日々の生き方を精神的に豊かに生きられるようになります。
⑤人生に対する感謝が増す
Appreciation of life
辛い体験をしているときは、当たり前にできることができないことがあります。体を自由に動かす、自由に発言する、自由にご飯を食べる、なんでもない日常が如何にすばらしい事なのかを強く感じ取れるようになります。
③心的外傷後成長のきっかけ
心的外傷後成長をするにはどのような要素があるのでしょうか。武富ら(2016)[3]はA県内の緩和ケア病棟(2施設)で家族を喪った遺族550名を対象にコーピング・ソーシャルサポートが心的外傷後成長にどのような影響を与えるかを調べました。
その結果以下のことがわかりました。
情動焦点型コーピング
情動焦点型コーピングとは、物事の考え方や感じ方を変えるストレスコーピングです。例えば、悩みを人に打ち明けることでネガティブな気持ちを和らげたり、自分の考えの妥当性を検討して認知の偏りを減らしたりすることが挙げられます。
図をみると、情動焦点型コーピングを頻繁に行う方は、心的外傷後成長しやすいことが分かります。自分の考えや感じ方を変えられる方は、辛い経験があっても少しずつそれを乗り越えていけると言えるでしょう。
情緒的サポート
情緒的サポートとは、励ましたり、同情したり、ただ一緒にいてあげるといった情緒面でのサポートのことを意味します。
図をみると、情緒的サポートの数が多いほど、心的外傷後成長しやすいことが分かります。周囲からの暖かい励ましがある方は、トラウマをバネにして成長できると言えるでしょう。
問題焦点型コーピング
問題焦点型コーピングとは、ストレスの原因となる問題自体を解消していくコーピングのことです。たとえば、現状を変えようと努力したり、問題解決の協力を周囲に仰いだりすることが挙げられます。
図をみると、問題焦点型コーピングが多いほど、心的外傷後成長しやすいことが分かります。積極的に現状を変えていこうと努力することで、辛い経験からの立ち直りが早くなると言えそうです。
④心的外傷後成長の研究
テデスキの研究
tedeschi(1996)[2]が行った研究では、心的外傷経験のある人の約90%が何らかの成長を遂げることがわかっています。
レオラインの研究
Lelorain (2010)[4]は、307人の乳がんを経験した女性を対象に、PTGと他の心理的効果との検討を行っています。結果を以下の表に示しました。
研究では、PTG得点が高い人ほど、その後の人生において幸福度が高く、活力に満ち、精神的健康度が高いことがわかりました。挫折経験は辛いことです。しかしその経験からの学びが、後の人生をより豊かにしてくれる事もあると言えそうです。
武富らの研究
武富ら(2016)[3]は、A県内の緩和ケア病棟(2施設)で家族を喪った遺族550名を対象にコーピング・ソーシャルサポートが心的外傷後成長にどのような影響を与えるかを調べました。その結果が以下のグラフです。
上図を見ると、がん患者遺族がもっともグラフが伸びていることが分かります。これは事故や災害は予測不可能な面が多いものの,がん患者遺族では,死別は予測可能な出来事であり,対象者は緩和ケア病棟で充実した家族ケアを受けていたことが影響しているのではないかと考える。
⑤関連コラム
トラウマの学習
当コラムではPTGの意味や研究を紹介してきました。PTGを深く理解するには、その元となるPTSD(心的外傷後ストレス障害)を理解することが大事になります。以下のコラムを参考にしてみてください。
レジエンス力をつける
PTSDを乗り越える1つの考え方として、レジリエンス力の強化が挙げられます。レジリエンスとは、失敗や挫折に対する精神的柔軟性を意味します。実践的に心をしなやかにしていきたい方は以下のコラムを参照ください。
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ダイコミュ用語集監修
名前
川島達史
経歴
- 公認心理師
- 精神保健福祉士
- 目白大学大学院心理学研究科 修了
取材執筆活動など
- NHKあさイチ出演
- NHK天才テレビ君出演
- マイナビ出版 「嫌われる覚悟」岡山理科大 入試問題採用
- サンマーク出版「結局どうすればいい感じに雑談できる?」
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名前
長田洋和
経歴
- 帝京平成大学大学院臨床心理学研究科 教授
- 東京大学 博士 (保健学) 取得
- 公認心理師
- 臨床心理士
- 精神保健福祉士
取材執筆活動など
- 知的能力障害. 精神科臨床評価マニュアル
- うつ病と予防学的介入プログラム
- 日本版CU特性スクリーニング尺度開発
名前
亀井幹子
経歴
- 臨床心理士
- 公認心理師
- 早稲田大学大学院人間科学研究科 修了
- 精神科クリニック勤務
取材執筆活動など
- メディア・研究活動
- NHK偉人達の健康診断出演
- マインドフルネスと不眠症状の関連
[1] Tedeschi, R. G., & Calhoun, L. G. (2004a). A clinical approach to posttraumatic growth. Positive psychology in practice, 405.
[2] Tedeschi, R. G., & Calhoun, L. G.(1996). The Posttraumatic Growth Inventory: Measuring the positive legacy of trauma. Journal of Traumatic
[3] 武富由美子,田渕康子,藤田君支(2016).がん患者遺族の心的外傷後成長の特徴とストレスコーピング・ソーシャルサポートとの関連より一部改変して図示
[4] Long term posttraumatic growth after breast cancer: prevalence, predictors and relationships with psychological health 17(1):14-22.